まだ『蒼き焔の環』の入稿も済ませていないのに、『銀の陥穽』の原稿にのめり込む。何やってんだか。なんやらかんやらと第2部の『共和国の終焉』から手を着けた挙げ句に4月1日で概ね終わらせてしまった(汗)。いや、実は……『蒼き焔の環』と並行して書いてたんだが……こっちの方が書きたかったんで……進みが早かったわけで(って誰に言い訳してんだか?)。90ページ。メイン・キャラを一人殺し損ねた(クス)。代わりに文字通りに共和国の終焉である。以上。
そして、今度は連邦編。こっちも100ページくらいは書くつもり。現在30ページくらいか。この勢いで行けば、夏コミ(取れたらなぁ)にでも『銀の陥穽』を出せてしまいそう(懐具合と相談しろって)。
『蒼き焔の環』の表紙、やっとカラリオで印刷できた。テキストの印刷は何の問題もないのに、高品質画像を入れた印刷をすると途中でぷつんと印刷が切れてしまって困っていたのだが、偶然に原因が分かった。要するにPCが印刷データを送り出す速度が、カラリオが受け取る速度に追いついていなかったらしい。[設定]の[プリンタ]からカラリオのプロパティを選んで、[タイムアウト]の値をうんと延ばす。多分、問題なのが送信の再試行時らしい。これを180秒(3分もPCが寝てることはないと思うけれど)でやってみた。問題なく、印刷完了。実際、カラリオが20秒くらいシーンとしている時もあって、デフォルトの値じゃ切れてしまうかも……と。
気の早いことで、ちょこっと次の巻『銀の陥穽』に手を出していたりする。この巻は半分以上が共和国圏側の話になる予定。今までの大戦史とちょっと章立てを変えるつもり。多分、『序章』、『第1部 共和国の終焉』、『第2部 銀の陥穽』……で、これまでの大戦史のように「第×節」構成は止めてしまおうと思っている。やはり、なんというのかマールクたちを書いている方が気楽だ。レーフル・ファウルスたちを描くときは、書いている側も最高潮に気力が乗っていないといけないし…つまり、落ち込んでいたり、体調不良の時は書けないということ…、レーフラムはメイリアがいてくれないと書いている内にこっちまで鬱病になってしまいそうな気がする。
アリシアが妙に快調。薬師寺○子さまの影響を受けてるような気がする(笑)。ちょっと怖い。ネイもなんだか姉さまを怖がっていたり……ま、そういうことです。でもって、そのシーンをちょこっと専用談話室にアップしておいたりしました。アリシアが「世界はわたしに跪きなさい!」なんて言い出したらやだなぁ(爆笑)。でも、マールク、ネイ、アリシアを中心にしたマールク艦隊幕僚たちの掛け合い漫才は書いていて楽しい。キャラたちの個性がそれだけ強いのかも知れない。
レフィの小部屋の日記はcgiだけれど、この日記は秀丸エディタでがりがりと書いている。最初の内は、nestscape composerを使っていたんだけれども、パラグラフとパラグラフの間隔が妙に開いたり縮んだり、制御できない。要領が分かってしまったので、自分でタグを打ちながら書くことにした。
銀河系大戦史後期編3『蒼き焔の環』第1稿のチェックが概ね済み、ページ合わせと最終原稿打ち出しにかかる。196ページ。原稿用紙換算約800枚。外史1の「悪漢の首領」コリーン・ミライユ元トリグラフ伯爵夫人に再登場をお願いした。アリシアとコリーンの会談というのもなかなか面白い。コーティリア・バードフェザーも本編に復帰。少女時代ほどではないが書いていて飽きないキャラである。連邦側では赤毛の姉ちゃんことアヴドーチャ・アルドリーシャ大活躍。共和国・連邦とも女性キャラの活躍する巻となった。メイリアも漸く病床から復帰……というかまだ半分病人なんだが、もうそろそろ戻ってきてくれないと次巻のストーリー上の都合もあるので。
最近こちらよりもレフィのページの更新の方が多忙になってしまって、日記の更新もままならない。それでもまもなくホームページ開設まる1年目になろうとしていてヒットカウントもいつの間にか6000を超えている。過去の更新日記を読み直してみると、結構可笑しい。1年近くも、とにかくも日記が続いたのは生まれてこの方初めての経験。いやはやいろいろあったのだなと感心するしかない。
しかし、他者の文章を逐語に咀嚼するという能力がない。膨大な文章を外部から取り込み、流し込み、ほとんどを流し出してしまい、記憶の片隅にひっかっかった僅かなエッセンス…汎用的な意味ではなく、それが猫屋に取って意味があるというただそれだけの意味合いにおいて…だけを脳裏に止めておく。必要に応じて、随時にそれを記憶の片隅から引っぱり出し、文章として展開する。どうやら、猫屋の書籍に対する感覚はそのようにしてのみ稼働しているらしい。
まあ、ご託はどうでもいいが、面白い本というのは面白い。面白い本に出会えたとき、それはひたすらに『面白い』という用語でのみ表現されるべきものなのかも知れない。いや、少なくとも猫屋はそれ以外の表現形式を持ち得ないし、おそらくは数年して、『面白さ』がみずからの記憶の一部に定着したときに、時に文章化した自分の想いの中にそれを表現するにとどまるのだろうとは思っている。
何か突然、こういうことを書きたくなった。ただ、それだけだ。
ただ、そうすると“ネレイド兄弟戦役”の決着の部分が浮いてしまう。分量的にこれが100ページを超えるとは思われない。とすれば、やはり現状の構成で行くしかなさそうだ。読んでいる側にすれば、共和国側の状況が少しずつしか進まなくて苛々するかも知れないけれど。