ノイストリエンブルク攻防 執事に案内されて入ってきた男を、モーリッツ・フォン・シュペーア・ウント・ノイエシュタウフェンベルクは非好意的な眼差しで出迎えた。惑星ブングルドの衛星軌道上にある別宅の一つ。子爵家の所有する商船団の本社的な役割も同時に果たしている。 昔はかなりの恰幅を誇っていたに違いない。おそらくは命令することに馴れ、命令に逆らわれる事態に直面したことなどほとんどないという環境に順応したタイプ。だが、現在は彼に付き従う者もなく、また日々の費えにも事欠くような境遇にあるらしい。 上着やシャツがだぶだぶに余っている、かつてはでっぷりと太っていたらしい胴回りのあたりや、執事に案内されてきたときの傲然とした態度が、モーリッツの凝視を受けて急におどおどと視線を周囲に走らせるそれに変わるのを、モーリッツは見逃していない。 帝都<フェザーン>の有力商社幹部のサインの入った紹介状を、彼はもう一度一瞥した。 「卿が、ヘル・ニコラス・ボネか」 モーリッツは立ち上がり、手を差し出す。 「わたしがモーリッツだ」 「ボ……ボネです。お見知りおきを」 「さて、ヘル・ボネ」 ボネにソファを勧め、モーリッツの口調には容赦がない。 「卿のために割く時間は、わたしにとってあまりに貴重すぎる。用件は手短に願おう」 「は……」 出されたコーヒーをすすり、ボネは上目遣いにモーリッツを見上げる。値踏みする視線であることをモーリッツは察している。 ―――あの、トリューニヒトの腹心だとか聞いたが、これは単なる取り巻きだったと見える。トリューニヒトの狸にとってもこやつは単なる手駒に過ぎなかった、ということか。 「銀河帝国にとって重大かつ緊急の情報をお知らせいたしたく、無礼を承知で子爵をお訪ねした次第です」 「これは恐れ入る」 モーリッツはせせら笑った。 「わたしが銀河帝国最重要の廷臣であり、皇帝ラインハルト陛下の篤い信頼を得ている重臣であるかのように聞こえるぞ。まるで、卿がかつての自由惑星同盟をひとりでしょってたつ大政治家であったかのごとく言うのと同じく、卿の追従というやつは白々しさ過ぎて、感銘の欠片も与えないな」 言い捨てたときには、すでに腰を浮かせている。 「紹介状を書いてくれた男に詫びておいてもらおうか、ヘル・ボネ。卿のような男のために、紹介状を書くだけの時間を無駄にしてしまったことを」 「お待ちいただきたい」 からみつくようなねつい視線が、モーリッツを呼び止めた。 「銀河帝国にとって重大かつ緊急と申し上げましたぞ。無視なさるのは、皇帝陛下に対し奉り、非常なる不敬ではありませんか」 「かつては民主主義万歳、帝国を倒せとほざいていた口で何を白々しい」 モーリッツは罵倒で応じた。 「いったん、我が主となれば、昨日までののしっていた相手の尻にでもキスをするか。卿らの崇め奉る民主主義とやらの底の浅さには反吐が出る……それに」 「―――」 「帝国にとって重大かつ緊急なら、なぜ帝都へ行かない。帝都へ赴き、ことの次第を軍務省なり、国務省へ訴えればよい。そうすれば、皇帝陛下も卿の忠誠とやらぬかすものを誼み賜うというものではないか。卿に、本当に忠誠心とやらいうものがあるのならば、な」 座り直し、モーリッツはコーヒーの追加を持ってこさせた。 「よかろう。言うがいい。重大かつ緊急の情報とか称するものを」 「……無論、これは」 「引き替えに金が欲しいのならさっさと話せ。金を払うに値するほどの情報なら、払ってやる。もったいぶって値をつり上げたいなら勝手にしろ。ブングルドに下ろしてやるから、その辺の道ばたで、情報を買ってくれる相手でも探すのだな」 一切の妥協を拒むモーリッツの態度に、ボネは顔面から血の気を消していた。 「わたしのことを、口先三寸で丸め込める高の知れた貴族のぼんぼんとでも思っていたのか、愚か者が。アムリッツァの愚行を演じた連中の仲間だけのことはある。敵を知らず、己も知らず、百戦して百敗するとは卿のような男のことを言うのだ」 剃刀を思わせる両目の湛えた白々とした光に、ボネは背を白刃で撫でられたような冷気を覚えたに違いない。 「とりあえず、話だけは聞いてやる。すっかりとな。言っておくが、この衛星は子爵家の私有だ。たとえ、ラインハルト陛下その人であっても、わたしの許可なくはお入りにはなれんのだからな」 無論、皇帝の訪問にドアを閉ざすなどという不敬は考えてもいないが……とモーリッツは笑う。一転して笑いを納めたモーリッツはソファを立ち、いきなりボネのネクタイを掴み上げた。すでに五〇代も半ばに達しているはずのモーリッツだが、鍛えた長身は、かつての自由惑星同盟の利権政治家の緩みたるんだ身体を半ば宙に浮かせるだけの膂力を残していたのだ。 「さあ、吐いてもらおうか。密告者殿」 「あ……が……は……離し……離してく…れ」 「吐けば、離してやる。吐かんかっ!」 みるみるボネの顔が紫色に染まり、両眼が飛び出しそうに見開かれる。溺れる寸前のように突き出された舌がどす黒く変色して腫れ上がっていく。 窒息寸前まで締め上げておき、モーリッツは利権政治家をソファに叩きつけた。蛙を踏みつぶしたような奇怪な叫喚を上げ、ボネはソファに半ばめり込む。池の面に浮かび上がってきた鯉よろしく、口を大きく開閉させて空気を飲み込むと、辛うじて言葉を吐き出した。モーリッツが紛れもなく本気で自分を絞め殺す気であることを、ボネは骨身に染みるほど思い知らされていた。駆け引きも何もなく、知るだけのことをしゃべらなければ殺されるに違いなかった。 「……ア、アレク殿下に対し、謀殺の企みが……なされていると」 「殿下に対して、謀殺だと」 宇宙海賊マルツウェル・グループが、ノイストリエン星系の外縁惑星周辺でアレク皇太子の乗った艦隊を待ち伏せしている。皇太子にはミュラー元帥が護衛についているようだが、護衛の艦隊は数十隻の規模でしかない。マルツウェル・グループを称する海賊は、少なくとも一〇〇隻を超す戦闘艦をノイストリエンへ侵入させたようだ。 「マルツウェルか!」 モーリッツは唸る。麾下の戦闘艦二〇〇〇隻強を豪語する強力な宇宙海賊である。隣接する第二辺境軍管区領域には、さらに強力な海賊の一派が根を張っており、彼らの辺境経営にとっての最大の障壁だった。わずかな救いは、海賊たちが互いに反目し、協力の姿勢を示していないことだ。彼らがすべて合同すれば、この宙域での兵力は優に第一辺境軍管区艦隊を上回る。 「それだけか?」 「―――それだけ?」 「愚か者が。企みがあれば、首謀者がいる。企みを阻止しても、根を押さえねばことは収まらん」 もう一度、ボネの胸元を鷲掴みにする。剃刀に似た笑いが白くモーリッツの頬を走り、ボネの両目を恐怖の漣で満たした。 「わたしは……偶然……」 「偶然とは便利な言葉だが、最もよく使われるのが企みを覆い隠すための言い訳だ。吐いてもらうぞ。無論、卿には拒否の自由はあるが、こちらにも卿の拒否を受け入れない自由がある。いずれ、卿のような人間の一人や二人が消え失せたところで、誰も不審には思わぬよ」 胸元を締め上げた手に力がこもり、ボネの腰がソファから浮き上がった。 「は……吐けば……こ、殺される」 「ほう?」 明らかに面白がっている笑い。 「では、ここで死ぬか?」 人間の肉体がソファに叩きつけられる非音楽的な音響が轟き、それが消えない内に逞しいからだつきの男たちが室内に入ってきた。 子爵家付きの衛兵たちに、モーリッツはソファに沈み込んだ肉塊を顎で示した。 「こちらの紳士を尋問室へ連れて行け。丁重におもてなしし、心のつかえを取り除いて差し上げろ―――それから、伯父上に連絡を取れ。伯父上でなければ、シュパイデルでよい。緊急だと申し上げてな」 恐怖に満ちた悲鳴は、引きずられるように男たちに連行されるボネの咽喉から迸ったものだった。無論、モーリッツにとってもはや関心の対象ではあり得なかったのではあるが。 ☆☆☆ アレク皇太子とミュラーを乗せた戦艦『クリームヒルド』がノイストリエン星系へ到着する少し前、第一辺境軍管区の主要な有人星系がノイストリエンブルク要塞の通信回路を悲鳴で飽和させたのである。 五月一七日早朝(ノイストリエン時間)レニアーノ星系から『我、海賊の攻撃を受けつつあり!至急救援を請う』との緊急通信が発振されたのを皮切りに、昼にはイコニオン星系、ついで夕刻には星系サレフの各主星からも相次いで凶報が発せられた。衛星軌道上に宇宙海賊の有力な艦隊が侵入し、軌道上のコロニーやステーションを占拠して略奪を働いているという。辺境宙域では、外洋型宇宙船は大気圏進入能力を持たない、機動ステーションやコロニーは、外洋型宇宙船で運ばれてきた貨物をシャトルに積み替えて地表に下ろすための重要な役割を担っている。これらが制圧されてしまえば、惑星上の住民は宇宙から物資を受け取れなくなる。糧道を断たれたも同然だった。 いずれもまだ地表での工業製品や原材料、エネルギー生産は十分整備されていない。食糧は辛うじて自給できるとしても、食糧生産のための機器、燃料、補修部品などが届かなければいずれ立ち枯れるのは自明だった。 しかし――― 「これをご覧下さい」 五月一八日、ノイストリエンブルク要塞作戦会議室。 シューマッハ准将は、立体スクリーンに航宙図を表示させている。 「レニアーノ、イコニオン、サレフ……これらはいずれもノイストリエンから四〇〇から五〇〇光年の距離を隔て、しかもそれぞれもまた均等に数百光年の距離を置いた……いってみれば、ノイストリエンを中心とした仮想球体の表面近くに位置します。いずれを先に制圧しようとしても、かなりの距離を航行しなければなりません。この図をご覧になって、何か思い当たるものはないでしょうか」 「リップシュタット戦役に先立って、陛下が講じられた対自由惑星同盟の内乱作戦……に似ているが?」 小柄な、大学教授を思わせる男性が眼鏡の丸い縁に手をやりながら、口を開いた。 「ええ、その通りです、アルフレート卿」 シューマッハは頷く。 「我らを要塞から釣りだし、ここノイストリエンを軍事的空白地帯と化すための陽動です」 「しかし、現実にこれら三星系は海賊の略奪を受けている」 アルフレート卿…帝国騎士<ライヒス・リッター>アルフレート・ハインツ・フォン・シュパイデル。当主フェルディナンドの古い盟友の息子であり、今は嫡孫アレクシスの守り役も務め、アムリッツァではケンプ艦隊に属してヤン艦隊と干戈を交えた経験もある。 「……つまり、我らが陽動に乗らないようにノイストリエンに腰を据えようとしてもそれを許さないのが奴らの目的なのだな」 「そうです。卑劣ですが、有効です」 「では、どうする。よい策があるか、准将?」 こちらは細面の貴公子然とした、しかし、すでに初老の段階に足を踏み入れている男性である。第一辺境軍管区の艦隊司令官アルベルト・フォン・シュペーア中将。正直で実直、なぜかファーレンハイト元帥を崇拝し、自らも戦場の勇者を気取るところがあるのだが、生来の気質からか用兵が素直すぎる。決して名将、名用兵家というタイプではない。シューマッハによる観察結果である。 「艦隊を二分します」 「それは兵力の分散ではないのか」 「要塞に一〇〇〇を残し、アレク殿下をお迎えし、かつ万一の場合にノイストリエンを守る兵力とします。残り五〇〇〇を率いて、これらの星系への救援に赴きます。併せて、現在、ブングルドに分散駐留している四〇〇〇の内、一〇〇〇をブングルドに残して、呼び戻し、途中で合流します。八〇〇〇の兵力があれば、海賊がどれだけの数をそろえていても、まず勝てるでしょう」 「……その策はよいが、わたしはこうしたいのだが」 アルベルトの言葉に仰天したとしても、シューマッハは顔色には表さなかった。とにかくも五〇〇〇の艦隊を率いて、三つの星系の内の一つに接近する。海賊の習性から見て、大兵力に追われればいち早く逃走するに違いない。彼らが逃げ散ったタイミングで、ノイストリエンが無事ならよし。ことが起こっていれば、少数の兵力だけを囮として残し、艦隊の主力は直ちに反転してノイストリエンへ戻り、敵の『主力』を粉砕する。この際に、ブングルドの分遣艦隊もノイストリエンへ集中させれば、勝利はより確定的なものとなるだろう。 「見事な作戦であります!」 他の幕僚たちが賞賛の声を上げるのに、シューマッハは危惧に満ちた声を抑えられなかった。 「確かに見事ですが、緻密すぎませんか。海賊が集結し、手強い抵抗を示すかも知れませんし、反転した帰路を扼されての奇襲なり横撃を受ければ、損害は無視できないレベルに達します」 「わたしも准将の意見に賛成だな。アルベルト卿、アレク殿下のご到着も近い。用兵にいたずらな巧緻を凝らして無様なことになっては、無用に宸襟を騒がせ奉ることにもなりかねない。ここは堅実で無難な用兵が好ましい」 「殿下が来られる以上、我が第一辺境軍管区が十分な用兵能力を有しておることを示しておかねばならないのだ、アルフレート・ハインツ」 噂がある。帝国は第一辺境軍管区での海賊猖獗を口実に、シュペーア伯爵家に治安維持能力なしとして、その軍権をすべて剥奪する策を凝らしている。シューマッハ准将の策を容れて、海賊の制圧にいたずらに時間をとられているところをアレク殿下やミュラー元帥の目の前に曝してしまったなら…… 「しかし……」 シュパイデルが反論しかけたとき、ノックの音に続いて通信プレートを手にした士官が入ってくる。 「ノイエシュタウフェンベルク子爵閣下からです」 「なに……?」 シュパイデルは通信プレートに目を走らせる。頬のラインが引き締まり、穏やかそうな学者然とした雰囲気が、にわかに剣呑な軍人のそれに変わる。 「なにごとだ、アルフレート・ハインツ?」 返事の代わりに、通信プレートを手渡す。一読するなり、面上からさっと血の気が引く。 「なにごとです?」 「アレク殿下に対する不逞の企てを探り当てた、とのことだ、准将」 アルベルトが答えを引き取る。 「ノイストリエンに不逞の輩の艦隊が潜り込んでくる。アレク殿下に危害を加える目的で、これはマルツウェルの一派らしい」 「マルツウェル? あのマルツウェルですか?」 「左様、コルトニー・ゲオルグ・マルツウェル。あのアンスバッハのかつての部下だ。海賊になっても皇帝陛下一家への恨みと憎しみは捨てきれないようだ」 つまり、これが『敵』の陽動の目的だ……アルベルトは結論づける。マルツウェル麾下の海賊兵力は最大限度二〇〇〇隻を少し上回る程度。鉄壁ミュラー<ミュラー・デア・アイゼルン・ウォンド>の異名をとるミュラー元帥の護衛下のアレクサンデル皇太子に危害を加えようというのであれば、動員される兵力はほぼそのすべてとなるに違いない。必然的に陽動兵力は極少数であろう。 「殿下のお出迎えと星系内の探索に一〇〇〇。これはアルフレート・ハインツ、卿に任せよう。わたしとシューマッハ准将は四五〇〇を率いて、可能な限り早くノイストリエンを発する。殿下が到着される直前に、五〇〇を残して四〇〇〇が反転、殿下を狙う不逞のマルツウェル一党を、アルフレート・ハインツの艦隊とで挟撃し、宇宙のもくずに変えてくれる。五〇〇は准将、卿の指揮に委ね、反転部隊はわたし自らが率いる。アレク殿下とミュラー元帥に、我がシュペーア伯爵家の用兵の精髄をご覧に入れよう」 「まだ後があるぞ、アルベルト卿。子爵は、この緊急事態への対処のためにブングルド分艦隊を子爵の指揮下に入れてもらいたい旨を、伯爵へ依頼されている……それと、首謀者だが……」 「伯爵は許可なされたのか?」 「いや……」 シュパイデルの表情が沈痛さを湛えてゆがんだ。 「もはや、自らご意志を示すことのできる容態ではない」 「つまり許可されていないのだな?」 アルベルトの声は勝利のラッパが吹き鳴らされるにも似ていた。 「では、ブングルド分艦隊の指揮権はあくまで第一辺境軍管区艦隊にある……では、これで散会とする。艦隊は直ちに出撃準備に入れ」 もはやとりつくしまもなかった。 後に、アルベルト・フォン・シュペーアはモーリッツからの通信を最後まで読むべきだったとの批判を受けることになる。読んでいれば、恐るべき首謀者の名も明らかになり、目前に展開されている謀略が彼の視野に収まりきれるほどのこじんまりしたものでもないことを、嫌でも再確認できたはずだ。あるいはせめて、通信を帝都に転送するなり、シューマッハ准将に提示しておくなりすべきだったと。 モーリッツは言う。 『旧叛徒の主魁一味にして、枢要の地位を得たるニコラス・ボネなる人物への尋問により、下記の事実を得たり。すなわち、皇太子アレクサンデル殿下の乗艦をノイストリエン星系外縁にて捕捉・撃破する陰謀が進められつつあり。首謀者は、かの地球教大主教を僭称するアロタヤ・イニエモフ。イニエモフの主導の元、複数の海賊を実行犯として、すでに行動を開始したる旨、ニコラス・ボネは告白したり。彼の者は、地球教の先導により旧叛徒領を脱出、情報攪乱の目的の元に予に近づきたるものの、生来の愚かさをもって自ら謀略の手先ならんことをあからさまに示せり。 地球教の目的はローエングラム王朝へ復讐と、アレク殿下警護失敗によるシュペーア伯爵家没落。その後の辺境領への地球教進出と聖地化なり。ただちにノイストリエンブルク内部にも浸透の恐れある地球教徒を追部捕縛し、全艦隊をもってアレク殿下の警護にあたらんことをを進言す。さらにブングルド分艦隊の指揮権をノイエシュタウフェンベルク子爵家に委譲し、軍管区内における不逞一派の蠢動を制圧せしめる旨、発令下さりたく、許可を願い出るものなり』 ☆☆☆ シュペーア伯爵領の不穏な状況は五月一八日には、航行中の戦艦『クリームヒルド』に伝えられている。シュペーア中将とシュパイデル大佐の連名で、『アレク殿下に対する不逞の企み』も報告されてきていた。 「引き返しますか」 『クリームヒルド』艦長フォン・シュトライヒャー大佐の問いに、ミュラーはかぶりを振る。 「いや、伯爵家の当主が当事者能力を失っている状況を長く続けるのは得策ではない。よほどのことがない限り、殿下の最初の国事をお助けできるだけの能力を、我らは持っているはずだ。そう期待したいのだが、艦長」 「了解であります」 「……このまま、ノイストリエンへ参りたく思います。いかがでしょうか、アレク殿下」 アレクもミュラーと並んで『クリームヒルド』のブリッジに座を占めている。というより、何となく見学に来ている小学生という雰囲気が抜けきっていない。天蓋一杯に星空を映し出して、まるで生身で中空に放り出されたような錯覚を起こさせるブリッジ内部は、七、八歳の子供にとってはそうとうに『怖い』はずだった。が、帝都を出て以来、アレクはブリッジを訪れるのをむしろ楽しみにしていた。 アレクはこくんと頷いて、ミュラーの言葉を肯定した。 「ミュラーげんすいがそれでいいと思ったら、それでいいよ」 異変が生じたのは二〇日、『クリームヒルド』がノイストリエン星系にタッチダウンした直後だった。 すでにシュパイデル大佐は一〇〇〇隻の戦闘艦邸と、それに数倍するワルキューレ、偵察艇から連絡用シャトル、惑星間連絡船までを動員して星系内に緊密な索敵網を展開していた。『クリームヒルド』が最後のパルスワープを終えて、最外縁惑星から数十光秒のポイントにタッチダウンしてくるまで、索敵網は完全に沈黙していたのである。 『クリームヒルド』がタッチダウンし、シュパイデルの旗艦『エルヴィン』が『アレクサンデル殿下のご来訪を心より歓迎する』との通信を発した直後だった。 まず『クリームヒルド』の電子戦士官がスクリーンの表示に目を見開き、ついでシュパイデルが鳴り響く警報の中で愕然とした。 「未確認飛行物体……五〇、六〇……一〇〇、一一〇、増えています!凹字陣形をとって、急速に接近中!」 「な……これは……」 「未確認飛行物体、さらに増えます……一五〇、いや一八〇を確認」 「宇宙海賊か……どこに隠れていた? なぜ、いままで探知されなかったのだ」 ミュラーの疑問は、間もなく氷解した。スクリーンの一部がガス状の巨大な惑星をズームアップし、その大気上層を突き破るようにして次々と上昇してくる重巡航艦クラスの戦闘艦を映し出したのだ。 「あの中に隠れていた、だと?」 ミュラーの声もうめきに近い。木製型のガス状巨大惑星の大気上層部は猛烈な嵐と、数千万ボルトもの落雷の荒れ狂う危険極まりない空域である。迂闊に入り込めば、戦艦クラスの大型艦ですら嵐に巻き込まれ、あるいは落雷で計器を狂わされ、最悪ケースはレーザー水爆ミサイルを誘爆させられて爆沈する恐れすらあった。 だが、それだけに宇宙空間からの探知はほとんど不可能である。 「識別信号を送れ」 「だめです」 シュトライヒャー艦長の指示に、電子戦士官は首を左右に振った。 「応答しません」 「敵味方識別信号に応答しないのなら敵だ……元帥、全艦に戦闘準備を指示したくあります」 「よろしい。全艦、ただちに戦闘態勢に入れ。艦長、場合によってはこのまま星域を離脱する。準備を頼む」 「了解」 『クリームヒルド』を護衛する一〇〇隻ほどの戦艦が厚い球形陣を布き、さらにそれを取り囲むようにシュパイデル艦隊が紡錘状に布陣する。 『元帥』 そのシュパイデルからの通信がミュラーを呼び出した。 『脱出されるのも一策ですが、このまま敵陣を突破してノイストリエンブルクにお入りになるのも策と考えます。我々が前衛となりますので、元帥と殿下にはどうか安んじてノイストリエンブルクへお入り下さるよう』 「それは構わないが……?」 『アレクシスさまにどうか一刻も早く伯爵杖をご授与下さい、殿下。フェルディナンド卿は、ただその一瞬のためだけに生命を長らえているのです。どうか、アレクシスさまを次代のシュペーア伯にお任じ下さい』 「うん!」 頷いたのはアレクだった。 「ミュラーげんすい、ノイストリエンブルクへ行こう!」 「殿下……?」 「父上は逃げなくてもいいときに逃げなかったとおっしゃってた。だから、アレクも逃げない。ミュラーげんすいがいれば、逃げなくてもいい……よね?今、逃げたら、きっとずうっと言われるもの。敵から逃げたアレクって。そんなのヤダ」 ミュラーは微笑う。これあるかな我が主君。ラインハルトその人がその場にあったとしても、同じことを言うに違いない。必要のない時に逃亡する戦法を誰からも学ばなかった。卑怯者が最後の勝者となった例があるか、と。 「全艦、このまま最大戦速にて前進、敵陣を中央突破し、ノイストリエンブルクへ入城する!」 命令一下、全帝国軍艦隊が敵に躍りかかる猛虎と化した。 脈動する光の渦が『クリームヒルド』を押し包んだ。凹字陣形の敵艦隊中央部が、連鎖する火球の群に覆い尽くされた。苛烈なほどに集中された火力が、海賊船の防禦シールドを次々に貫通し、一つの火球が消える前に次の火球を作り出す。ミュラーとシュパイデルの艦隊併せて一〇〇〇隻以上の艦艇の痛烈なまでの集中砲火は、三〇〇に満たない海賊船艦隊の陣形を、灼熱した鉄棒が突き抜けるように突き破った。火球の群が消えると、敵艦隊の中央にはぽかりと空虚な穴が開き、『クリームヒルド』以下の帝国軍艦隊は傲然として突入していった。 「見たか!」 一声吼え、ミュラーは指示を続ける。このままの速度を維持、残敵掃討はシュパイデル艦隊に任せ、我らはノイストリエンブルクに赴く。 慌てて左右に展開した他の敵艦がエネルギーの槍を投擲してくるが、『クリームヒルド』の周囲を固めた帝国軍艦艇の厚い艦列を崩すことはできない。シュパイデル艦隊が左右に背面展開し、バラバラに食いちぎった左右両翼の敵艦隊をここに包囲して火力の豪雨を注ぎかけ始めた。戦艦の数が少なく、防御力に劣る海賊艦隊はたちまち算を乱し、シュパイデル艦隊は演習の気楽さで次々に敵を屠り去っていく。 その間に『クリームヒルド』以下のミュラー艦隊は、ほとんど無傷のまま戦闘空域を抜けた。ノイストリエンブルクまでは数時間の行程を残すだけだった。 『アレク殿下襲撃さる。ミュラー元帥、シュパイデル大佐の艦隊、敵と交戦中』 報告が入ると同時に、シュペーア中将指揮下の主力四五〇〇隻は、シューマッハ准将のもとに五〇〇隻を残しただけで一斉に反転した。 「何をやっておるのだ、アルフレート・ハインツは!」 旗艦『ジーグルド』艦上で、シュペーア中将は通信プレートをフロアに叩きつけている。 失態である。事前に敵を捕捉して戦闘状態に持ち込んで拘束し、主力で挟撃するために残したシュパイデル艦隊ではないか。にもかかわらず、アレクサンデル皇太子の到着まで敵を発見もできず、しかも、むざむざと『クリームヒルド』の至近距離にまで敵を接近させるとは! 「麒麟も老いては駑馬にも劣る……か」 直ちに反転し、アレク皇太子の救援に向かう……怒気を発する中将に異論を唱えたのは、シューマッハだった。何を今更、異議を唱えるのだ、と怒りを隠さないシュペーア中将に、シューマッハは危惧を述べた。 『敵の数が少なすぎます』 「マルツウェルの勢力はもともとさして多くない。三カ所にも陽動すれば、襲撃兵力に十分な兵力を温存できるわけはなかろう。だからこそ奇襲を策したのではないか」 『しかし、確認された襲撃兵力は二〇〇ないし三〇〇です。本気で襲撃を考えるなら、すくなくともこの倍以上、可能なら一〇〇〇は用意するのではないでしょうか』 「そんなに用意すれば、シュパイデルに感づかれただろう」 『しかし、もともと今次の作戦は、陽動に乗せられた我々がノイストリエンを完全に空にするという策を敵が弄してきたと言う前提に立っています。にもかかわらず敵は探知を避けての奇襲可能なだけの兵力しか充ててこなかった……どこか、我々の読みに誤謬があります』 「……だとしても殿下を危地に放り出したまま、我が主力艦隊がノイストリエンを離れているわけには行かない。たとえ、当初の読みが外れたにしても、ここはまずアレク殿下の安全を第一に行動するしかない。違うか、准将」 『それは……そうですが』 「では、議論の余地はない。わたしは行く。卿はレニアーノ、イコニオン、サレフの敵が動かぬのを確認してからブングルドへ向かってくれ」 『ブングルドですか?』 ブングルド分艦隊を指揮下に入れ、レニアーノ他の星系を略奪している海賊の制圧に赴け、という中将の命令に、シューマッハは眉を顰めた。それならば、ノイエシュタウフェンベルク子爵に一時の指揮権を委ねればよいではないか。だが、今更そうしたところでいくらも時間が稼げるわけでもない。 一度、翻意を促してはみたものの、すげない拒絶にあってシューマッハは自説を撤回した。 しかし――― 反転し、最初のパルスワープを終えたシュペーア中将の艦隊は、いきなり数十光秒の距離を隔てた艦隊後方に出現した戦闘艦艇の大集団に愕然となった。 重巡航艦クラスを中心に約三〇〇〇隻の艦隊……との報告に、シュペーア中将は今度こそ唖然としたと言っていい。 その中将に情報参謀が声をかけた。 「敵から通信です!」 「な……」 『久しぶりだな、アルベルト卿』 前触れもなくスクリーンに現れた男のバストショットに、シュペーアはさらに顔面から血の気の引いていく音を耳にした。 「貴様……“シュピーゲル”!」 『覚えていてくれたか、光栄だ』 両側の頬に薄い傷跡を幾筋も残し、糸のように細い目が険しい眼光を放ってシュペーア中将を射る。ロベルト・“シュピーゲル”・クルツバッハ。ウィリバルト・ヨアヒム・フォン・メルカッツ直属艦隊で最も勇猛な突撃格闘艦隊を指揮していた。直線的で剛直なまでの破壊力に満ちた攻撃力と、一転して守りに入ったときの狡猾さから甲虫<シュピーゲル>なるあだ名を帯びるようになったのは、リップシュタット戦役の頃である。ファーレンハイト麾下でリップシュタット戦役に参加したアルベルトにとって、硬軟両面を巧みに使い分ける“シュピーゲル”・クルツバッハは畏敬の対象だった。 「貴様、なぜこの宙域にS」 『ちょっと野暮用があってな』 クルツバッハの声は低く単調だった。 『野暮用ついでに頼まれて欲しい。俺も、以前の僚友を敵に回したくないし、こんなところで殺し合ったところで、一マルクの収入になるわけでもないんでな』 「な……」 『頼みというのはな、他でもない。このまま、こうしてにらみ合いを続けていてくれないかということだ』 「なんだとS」 『そっちがやりたいというなら、仕方がない、お相手するが?こっちは三〇〇〇弱、そっちは四〇〇〇。数の優勢はそっちにあるが、こっちにも事情ってのがある。おいそれとはやられんよ。試してみないか』 「……」 『なに、長いことじゃない。せいぜい一〇日だ。一〇日の滞陣なんて珍しくも何ともない。皇帝陛下に咎められたら、互いに互角でつけ込む隙を見いだせず、麾下の将兵に無駄な血を流させることもできなかったとでも言っとけばいい』 「……」 『どうした、アルベルト卿。いきなり言語中枢が麻痺でもしたか?まあ、そのまま一〇日ばかり麻痺したままでいてくれていいぞ。こっちには全然差し支えないからな。何か言うことがあったら呼び出してくれ。回線は開けておく』 「……」 『ああ、そうだ』 細い目が白刃に似た光を放ったが、その頬は緩んでいた。 『コルトニーからも伝言がある。仲間になったらいずれ酒でもおごらせてもらうとな』 「仲間……だと?」 笑いが深くなる。両の頬に幾筋も刻まれた傷跡が溝のように深い皺をその顔に穿ち、その表情を人間離れさせた。 『一〇日、俺とにらめっこしてアレク殿下を見殺しにしたら、ローエングラム朝銀河帝国には卿の生きる場所は残るまい?とは言え、俺と戦ったところで間に合うようにはノイストリエンへは帰り着けまい。いずれにしても卿の人生はここに極まったということだ。まあ、あの金髪の孺子に指名手配されたら逃げてこい。昔のよしみで仲間に入れてやる』 「貴様……」 『いい返事を待っているぜ、アルベルト卿』 最後は高笑いだった。 シューマッハ麾下の五〇〇隻の分艦隊が、一五〇〇隻をはるかに超える数の海賊艦隊の強襲を受けたのはほぼ同時刻のことである。シューマッハの指揮のもとに劣勢な帝国軍艦隊は必死の抵抗を続け、三〇〇隻を上回る損害を相手に与えたが、最終的には多勢に無勢だった。 二〇日夜、艦隊を球形陣に再編して抵抗を続けるシューマッハの旗艦は、至近距離に奇妙な時空震を感知した。 「何事か……?」 艦長にシューマッハが確認を求めた瞬間だった。 通信士が着信を告げたのだ。 「戦艦『グードルーン』だと言っています」 「『グードルーン』?」 この時点でシューマッハはその名を知らない。 「着信します」 ブリッジ上方の上方スクリーンが明るくなり、一人の女性の姿が浮かび上がる。くすんだ赤毛、険しいと言っていいほどに尖鋭な光をまとった瞳が、シューマッハに伝説のワルキューレを連想させた。 「卿は誰だ。冗談につきあっていられるほど、今の我々は暇ではない」 『こちらは新型ワープ機関実証実験戦艦『グードルーン』です。これから新型ワープ機関の機能を使って、貴艦を攻撃します』 「な……んだと。おい、ふざけるな」 『本艦は武装していませんけれど、こういう攻撃の仕方もあるということを軍人さんはご存じないかも知れませんね』 断ち切られたように通信が切れる。 同時に、電子戦士官が悲鳴に近い警告の叫びを上げた。 不意に旗艦の舷側と、艦首、そして艦上方に同時に複数の岩塊が現れたのだ。 「転舵、左下方二五度」 艦体が軋むほどの急激な角度の転針で上方と舷側の岩塊は避けたものの、艦首方向から猛烈な加速度をもって突進してくる一群は避けきれなかった。 「ダメだ、避けきれない」 悲鳴と怒号に金属的な叫喚が重なった。連続する打撃に巨大な戦艦が震え、身悶えするように瀕死の咆哮を上げる。艦首主砲群が岩塊に押し砕かれ、誘爆したレーザー水爆ミサイルがさらに主砲への動力伝導路に沿ってさらに致命的な爆発を誘発、すさまじい焔を爆風が艦内を席巻した。数瞬後、装甲を突き破った爆風が『熱しすぎた缶詰が破裂するように』戦艦の全身を焔と無数の金属片で覆い尽くしたのである。 旗艦を失ったことが、シューマッハ分艦隊にとっては致命傷になった。この夜、シューマッハの艦隊は最後の一隻までが抵抗を続け、遂に消息を絶った。ただの一隻も帰還しなかったため、シューマッハ准将自身の生死は不明とされたが、四囲の状況から見て戦死以外の結末は考えられなかった。 だが―――アルベルト・フォン・シュペーアと“シュピーゲル”・クルツバッハの対峠、シューマッハ艦隊の壊滅。そのいずれもが『シュペーア動乱』クライマックスの前奏曲でしかなかったのである。 タッチダウン・ポイントに近いガス状巨大惑星の大気圏上層に潜んで待ち伏せていた海賊戦艦部隊約三〇〇を掃滅し、ノイストリエンブルク要塞に入城してまだ数時間を経過していない。アレクサンデル皇太子から伯爵杖を受けるべく、フェルディナンド・フォン・シュペーア伯爵の嫡孫アレクシスが到着したのはほんの二時間前でしかない。伯爵杖授与の式典は翌日に予定されており、食事と入浴を済ませたミュラーは、アレクに断って早めに寝室に入っていたのだ。すでに帝都で顔見知りになっていたアレクとアレクシスは、シュパイデルに付き添われて談話室で話し続けているようだった。 「未確認飛行物体……おそらくは宇宙海賊の艦隊らしきもの一六〇〇余り、急速に接近中」 就寝中のミュラーをたたき起こしたのは、その報告だった。 軍服を着込むのもそこそこに、ミュラーが要塞司令室に駆け込んむのと、続報が入ってくるのとが同時だった。 「通信妨害、急激に強まります!」 「シュペーア中将の主力艦隊より入電……帰路を海賊艦隊の大部隊に扼され、戦線膠着!」 「シューマッハ分艦隊よりの通信途絶。敵大部隊と交戦中との報あり!」 「帝都との通信路は確保できるか?」 ミュラーの問いに、通信士は顔を曇らせた。 「まだ、何とか。先ほど、本軍管区にて大規模な軍事的暴動発生の第一報を送付いたしましたが、冗談では済まされない数の通信妨害衛星が散布されつつあります。たかが、海賊にこれだけの物量が用意できるとは……まるで正規軍並です」 「正規軍を支えるに足りるだけのバックが控えていると言うことか……」 ミュラーの推測は何らの物的な証拠を持たないが、真実のすぐ脇を射抜くものだった。ミュラーをして一瞬に真実の城門の直下でたどり着かせたのは、ローエングラム王朝成立に至る動乱期を第一線の軍人として生き抜いた直感だった。無論、ミュラーは自分の直感の正しさを知ることはまだできないのだが。 「殿下とアレクシス殿は?」 「すでにお休みになっていたが、先ほど起きていただいた」 シュパイデルの眉間にも翳りが深い。 「『クリームヒルド』に移乗していただいた方が宜しいのではないか、元帥。敵は大部隊とは言え数だけを言えば二〇〇〇に満たない。ノイストリエンブルク・クラスの要塞を攻略するには少なすぎる……」 「しかし、彼らは手の込んだ謀略を仕掛けて艦隊と要塞を引き離した。ちょうど、かのヤン元帥がイゼルローンを陥落< おと >したときと同じやり口だ。陽動にしてもそうだ。帝国軍人なら、リップシュタット戦役の歳に皇帝が使われた謀略を連想しないわけにはいかない。見事な心理の陥穽と言うやつだ」 「相当以上にできる人物がいる……と言うわけか。その上で二〇〇〇弱の兵力で要塞を包囲するからには、その兵力でも十分要塞を攻略できると踏んでのこと……だ、と」 「いかにも……ですから、ここは万一を考え、殿下とアレクシスさまには要塞を離れていただくのが至当ではないか。いかが思われるか、元帥?」 「一理あるが、敵が一六〇〇余り。こちらはすべてを上げても一二〇〇そこそこだ。戦艦の数で有利だとは言え、完璧は求め得べくもないな……それに、今の卿の言葉で、どうやら連中の策も読めたような気がする」 烈々たる闘気というにはやや温度が低かったかも知れない。ミュラーの砂色の瞳に浮かんでいたのは、はむしろ沈痛と言っていい苦い表情だったのだから。敵の出方は読めたにしても、対策を打つための時間がなさ過ぎるのだ。 ―――これは、下手をするとこの要塞が死に場所かも知れんな。文字通りに、アレク殿下の防壁となって…… 想いが苦い笑いとなって唇に貼りつくのを止めることはできなかった。ガイエスブルグ機動要塞によるイゼルローン回廊進入作戦、神々の黄昏作戦末期のヤン艦隊との激闘……ミュラー自身も何度か負傷し、あるいは今度こそ最後かと思うような場面にも際会してきたのだが、今度の状況は極めつけの死地になりかねなかった。 「……望みがないからと言って、易々と諦めてしまったのでは、鉄壁ミュラーの名が廃るというものだな。ここは一つ、鉄壁の鉄壁たる所以を十分に思い知ってもらうとしようか」 一人頷き、ミュラーはシュパイデルに指示を与え始めた。 ☆☆☆ ふ、と目を開いたとき、最初に視界に入ってきたのはアンネローゼの柔らかな微笑だった。その微笑を目にしたとたん、ヒルダは思った。何という悪夢を見てしまったのだろうか、と。ラインハルトとキルヒアイスが共に行方不明となり、アレクまでが辺境の軍事動乱に巻き込まれて音信を断ってしまうなどとは――― が、アンネローゼの微笑が不安と焦燥の微粒子を含んで暗く翳っているのを確認したとき、ヒルダは、悪夢だと思いたかった事件のすべてが現実に起こったことであることを思い出した。 「まだ、しばらくは安静にしていた方がよいそうよ。軽い脳貧血だけれど、疲れも溜まっているそうだから」 「いえ……もう、大丈夫です」 身体を起こすとまだ頭の芯がくらっとし、視界が回りかける。かつて、同じように貧血を起こしたときにラインハルトの持ってきてくれた蜂蜜入りの熱いミルクのことが脳裏に浮かび、ヒルダは半身を喪ったような喪失感と脱力感に身を苛まれるのを感じていた。そのまま横になっていたかったが、ヒルダはアンネローゼの手を借りてベッドを降りた。 「どのくらい眠っていました?」 「半日、過ぎていないわ。ラインハルトとジークの行方の手がかりはまだ見つかっていないし、シュペーア伯爵領の様子もはっきりしないようなの」 微笑を浮かべるにもかなりの無理をしていたらしい。アンネローゼは表情を消して、力無く椅子に身を沈ませた。もともとラインハルトに比べるとはるかに線の細い、繊細な顔立ちのアンネローゼである。表情を沈ませていると、まるで日の光が一気に翳ったような印象が見る者の胸を刺し貫くようだった。 ヒルダは、フリードリヒ四世の後宮時代のアンネローゼは知らない。彼女がアンネローゼにあったのは、すでにフリードリヒ四世が故人の名として語られるようになってからだった。特にキルヒアイスと結ばれてからの幸せに満ちたアンネローゼの表情を極く身近に見知っているヒルダにとって、彼女のこんな表情を目の当たりにするのは初めてだった。おそらくは、後宮時代の彼女は微笑ったとしても、決してキルヒアイスと共にあるときのような心からの笑顔を見せたことはなかったに違いない。 ある種の男性は、アンネローゼの美貌が憂いに満ちて翳るさまに心を波立たされるに違いない。アンネローゼは、フリードリヒ四世にもその天性の優しさで仕えていたに違いない。しかし、心の奥底にキルヒアイスへの想いを秘め続け、決して心のすべてを許しはしなかっただろう彼女にフリードリヒ四世が終生にわたって執着し続けたのは、彼女の表情に影のように見え隠れするこの翳りに惹かれたからではなかったのか……とは、ヒルダの密かな観察だった。 フリードリヒ四世は無能で怠慢な男だった。しかし、ラインハルト・フォン・ミューゼルという少年の資質に全く気づかぬほどの愚か者でもなかったらしい。そのフリードリヒ四世が、常に身近に侍しているアンネローゼの心の底にまったく無感覚であったはずはなかった。 ヒルダはかぶりを振り、埒もない思いを振り払うと立ち上がる。 アンネローゼも顔を上げた。 「王宮へ行くのね?」 「ええ。今のわたくしには何もできることはありません。あれこれと口出しするつもりもありません。でも、万が一にもわたくしが必要になったとき、必要とされる場所にいなければなりませんもの」 「そうね」 頷き、アンネローゼも椅子から立ち上がった。驚いて目を見張るヒルダに、ふわりと微笑んでみせる。まだ、明らかに努力して浮かべたことのありありと分かる微笑だったけれども。 「わたしも王宮へ行くわ、ヒルダさん。ラインハルトやジークのようなことはできないけれど、わたしにもできることがあるかも知れないから」 政庁エリアの置かれた王宮の空気は帯電したかのように張りつめていた。 「血相を変えてどうしたのだ、皇妃。あなたらしくもないぞ」 皇帝執務室のドアを開いたとき、ヒルダは一瞬、苦笑を浮かべて玉座から立ち上がるラインハルトその人の幻影を見た。一瞬後、幻影は消え失せ、主を失った執務室内は白々と空虚な、そして奇妙なまでに埃っぽい空気の中に彼女を迎え入れた。中庭に面した壁に大きく切られた窓からは明るい陽光が流れ込み、室内をくまなく照らし上げていたが、その明るさすら奇妙なほどに虚ろに見えた。 ノックの音が、ヒルダとアンネローゼを驚かせた。 「軍務尚書……それに、ロイエンタール元帥S」 「こちらだと伺いましたので」 「何か事態が進展したのですか」 「残念ながら、陛下と主席元帥の所在はいまもって杳として知れませんが……」 ロイエンタールの返答は気休めと呼べる要素の一切を排している。アンネローゼはさすがにただでさえ透き通るような肌をさらに蒼白に変えたが、ヒルダは黙って言葉の意味を受け止めていた。 「それ以外の状況に変化があったのですね」 「まず、ノイストリエンの状況ですが、殿下はご健在です。ミュラー元帥とフォン・シュパイデル大佐が殿下をお守りして、叛徒どもに抵抗を続けております」 詰めていた息を、ヒルダはそっと吐き出した。肩にのしかかっていた重いものが少しだけ取りのけられ、苦痛にすら感じられていた呼吸がわずかに楽になる。 「叛徒とおっしゃいましたね、総長?」 「宇宙海賊です。前例のないほど膨大な兵力を擁した宇宙海賊の大集団が、殿下を初めとする帝国軍をノイストリエンブルク要塞に包囲しております。兵力は概ね二〇〇〇。ノイストリエンブルクを包囲攻撃している一派とは別に、さらに大規模な組織を持った海賊集団が第一辺境軍管区艦隊の主力を拘束しております。合計すれば、叛徒の総動員兵力は六〇〇〇から七〇〇〇。これはシュペーア伯爵領に駐留する艦隊のほぼ八割に匹敵し、一海賊グループによる突発的な叛乱ではなく、時間をかけて企まれた謀略であると統帥本部では考えております」 「皇妃陛下にはご判断頂かねばならないことがあります」 オーベルシュタインが前置きを置かないのはヒルダも十分に心得ていたが、この時はいささか不意打ちを食らった思いだった。胸に氷柱が生じたような不安を感じて、ヒルダは視線を転じる。 「つまりアレクが叛徒……海賊に捕らえられた場合のことですね、軍務尚書?」 「御意の通り」 「アレクを人質に、理不尽な要求がなされた場合、帝国としてどのように対応すべきか、その判断をしろと?」 「皇妃陛下は、アレクサンデル殿下の母上でいられる」 ヒルダの、蒼白だった頬を染めたのは明らかに怒りだった。 「尚書のご意見は?」 ヒルダの声は、沸騰しそうな怒りを無理に抑えたためか、いつもの彼女のそれとは似てもにつかぬ低い震えを帯びていたが、応答するオーベルシュタインの声は平常と変わらなかった。 「アレクサンデル殿下は陛下の唯一無二の男児ではありません」 「―――!」 「皇帝陛下はいつぞやおっしゃっておられた。自分は嫌いな奴らの言いなりになりたくなかった、と。たとえ、息子を人質に取られたとしても、叛徒どもの言いなりになることを、皇帝陛下は肯われましょうか」 ヒルダは顔を伏せた。 オーベルシュタインの主張は明確だった。アレクが叛徒の人質となっても見捨てよ、と。露悪的な表現をもってするなら、『皇太子の代わりならまだまだいる』。 国家を運営する立場から言えば、オーベルシュタインの主張の正しさを理解するのは容易だ。国家元首の家族を人質にすればいくらでも理不尽な要求が通るというのであれば、今後ともこの種のテロが続くに違いなく、ヒルダたちは獅子の泉宮の地下シェルターにでも隠れ住むしかないではないか。 だが、ヒルダに即答できようはずもなかった。 「卿は、我が皇帝<マイン・カイザー>に向けられる忠誠に代替の対象があってはならぬと、常に口にしていたと思うが……?」 嫌悪よりも皮肉の強い口調で、ロイエンタールが口を挟んだ。 「皇太子殿下に対しては、そのように簡単に割り切ってしまえるのか。卿のナンバー2不要論というやつも論理の一貫性に欠けること夥しいな」 「わたしが問題にしているのは、皇帝陛下個人への忠誠ではなく、ローエングラム王朝という政治組織に対するものを言っている。ローエングラム王朝は、それが民衆に対して公正であり続ける限り、その継続が保証されていなければならない。皇統継承の不安は、そのまま帝国社会の不安に通じる」 「口というのは重宝だ」 ロイエンタールは口調から皮肉の微粒子を取り除く努力を放棄しているようだった。ヒルダに考える時間を与えてくれようとしているのかも知れなかったが、軍務尚書へ皮肉を浴びせるべき機会を喜んでいるように見えないでもない。 ふと、視線を改め、ロイエンタールは話題を変える。 「―――ミッターマイヤー元帥を伯爵領へ進発させました」 「……?」 「経緯はどうあれ、ことは帝国に対する大規模な軍事的叛乱です。対処が遅れれば、帝国軍が鼎の軽重を問われましょう」 ロイエンタールとミッターマイヤーの打ち合わせはほんの一〇分程度で完了した。 「誰を連れていきたい?」 「今更分かっていることを聞くな、ロイエンタール。わざとらしいぞ」 「黒色槍騎兵艦隊< ビッテンフェルト >とファーレンハイトに待機させてある。卿の艦隊と併せて一万八〇〇〇。高速戦艦と重巡航艦だけを抽出させた」 「分かった……で、ロイエンタール。半分は脱落するかも知れないが、優に七、八〇〇〇は一〇日でノイストリエンへ着ける。海賊がどれだけの大兵力だといってもこれを超えることはあるまいし、戦艦や航宙母艦を多数持っているような連中でもあるまい」 辺境星域での叛乱。鎮圧に一刻を争うという状況であれば、帝国の繰り出してくるのは疾風ウォルフ以外にはあり得まい。敵もそれを読んでいるに違いない。ミッターマイヤーに加えて黒色<シュヴァルツ>槍騎兵艦隊<・ランツェンレイター>、さらにファーレンハイト艦隊。帝国軍で最も剛性な破壊力と速度を併せ持った部隊を正面から拒止できる能力を、一介の宇宙海賊が持っているはずはなかった。 「ケスラーとレンネンカンプに卿の航路の露払いを命じた」 それがロイエンタールの応答だった。 「警戒対象は、中継用通信衛星、補給基地、ワープ誘導用のビーコン衛星などの足周りに対する同時多発的破壊活動。旧門閥貴族の残党、フェザーンの黒狐につながりのあった連中、それと狂信者。特に地球教徒といわゆる民主主義原理主義者とやらいう輩を根こそぎ狩り立てさせる」 民主主義とやらいうものは複数の価値観を認めるものの考え方だときくが、その中から民主主義以外の一切の政治信条を許さない民主主義原理主義者とやらが生まれてきた挙げ句に、地球教徒とまでつるんで政治テロを繰り返すのは理解の外だ……とはロイエンタールの呟きだった。 「了解した。では、俺は行く。かならず叛徒どもを掃滅し、アレク殿下をお救い申し上げて帰ってくる」 「頼む」 「それとロイエンタール」 「なんだ?」 「我が皇帝<マイン・カイザー>のことを頼む」 「―――……分かっている」 「地球教徒が加担しているのでしょうか?」 ヒルダからの問いに、金銀妖瞳が閃いてオーベルシュタインの横顔を突き刺した。 「卿にはまだ報告すべきことがあったはずだが、尚書」 「未確認の情報でしかありません」 二つある……とオーベルシュタインは言う。 一つはノイエシュタウフェンベルク子爵の動きである。 「ノイエシュタウフェンベルク子爵と地球教徒が接触しているとの密告がありました。しかしながら、例のごとく我らを誤<ミス・>誘導<リード>しようとする意図を持った、ためにする密告と思われます。それと先ほど、ノイエシュタウフェンベルク子爵より申し入れがありました。子爵領ブングルド星系に駐留中の第一辺境軍管区分艦隊を子爵の指揮下に入れ、ノイストリエンへ救援に赴く許可を頂きたいとのことです。ノイエシュタウフェンベルク子爵モーリッツ卿の名で申し入れられておりますゆえ、こちらはミス・リード情報ではありますまい」 「ブングルドにはどれほどの兵力があるのですか?」 「約四〇〇〇。ブングルド・ノイストリエンの距離は一五〇光年。これを適時に動かせば、当面の危機は回避できる可能性もあります」 しかし……オーベルシュタインもロイエンタールも言う。第一辺境軍管区の帝国軍指揮権限は、皇帝ラインハルトの名の下にシュペーア伯爵フェルディナンドに付与されたものなのである。ラインハルトが不在であれば、アレク皇太子が代わって許可を与えることもできるが、モーリッツは第一辺境軍管区の軍権を、全面的かつ永久的にノイエシュタウフェンベルク子爵家へ委譲することも併せて要請してきているのだ。 「―――これは事実上、ノイエシュタウフェンベルク子爵がシュペーア伯爵家に取って代わることを意味し、アレクシス卿に伯爵家当主を継承させる旨の皇帝陛下の御裁可に真っ向から異を唱える処置となります」 ここに二律背反<ダブル・バインド>が生じる。モーリッツの要請を受ければ、アレクたちを窮地から救うことができる。しかし、そのためにはアレク自身の裁可が必要であり、しかも、その裁可を下すことで、アレクは父ラインハルトの決定を真っ向から覆す結果に陥る。いったん、アレクがラインハルトの代理人として決定を下してしまえば、後日ラインハルトが救出されたとしても、これを覆すことはできない。 リップシュタット戦役直前、ヒルダはラインハルトにマリーンドルフ伯爵家の地位保全を保証した公文書を要求した。たかが一片の文書だが、ローエングラム体制はたとえ一片の文書であっても、公式に認めた約束は決して破らないことで民衆の支持を集めてきた。モーリッツは、帝国の窮地に乗じようとしているのかも知れないが、彼自身がこの動乱状態を作り出した黒幕であることが証明でもされない限りは、『脅迫に拠るもの』として一度与えた許可を取り消すことはできなくなる。 「本件は、軍務省と統帥本部よりの意見を添えた上で、殿下とミュラー元帥連名に宛てて転送いたしました。ミュラーから意味を説明させ、殿下にご判断を頂くことになります」 目も眩みそうな思いと共にヒルダは明確に理解する。 軍務省も統帥本部も基本的にモーリッツの要請を拒絶する意向であることは明白だった。まだ八歳の子供に、彼らの意見を覆すだけの主体的な判断を求めるのは不可能だ。その結果が、アレクの生命にとって最悪だったとしても…… ヒルダの双眸がブルー・グリーンの瞋恚の焔を灯した。冷ややかな蒼と鋼の黒の金銀妖瞳、とらえがたい薄い靄を漂わせた義眼が、そらされることなく彼女の視線を受け止める。 「ワープ実験を主宰したテーオバルトという女性の身元はどうなのですか」 義眼がふっとそらされた。 意外な思いで目を瞠ったヒルダは、オーベルシュタインが単に手元のファイルに視線を落としただけなのに気づいた。 「最優先で調査させていますが、判然としません」 「科学技術総監部に籍を置いていたのであれば、素性を洗い出すのに問題はあるまい。なにを手間取っているのだ?」 「フレーデングンデ・ロゼマリーエ・フローレンツ・フォン・テーオバルトなる人物が科学技術総監部に在籍していたことは確かだ。素性、経歴共に何も怪しいところはない」 オーベルシュタインはそれ以上の言葉を費やす必要を認めなかったらしい。口を閉ざし、ロイエンタールの視線を無視してヒルダに向き直る。後日、明らかになることなのだが、軍務省はこの時点でフレーデングンデ・フォン・テーオバルトに関連するあらゆる公的な書類を突き合わせ、その矛盾点から巧妙な偽装を剥ぎ取るという、気の遠くなるような作業に着手していたのである。ただ、この時点ではまだその成果が得られるには至っていない。オーベルシュタインが沈黙を守った所以である。 「しかしながら、皇妃陛下にはさきほどのご判断をして頂かなければなりません……犯罪者の動機はおぼろげに掴めたにしろ、当の犯罪はなお遂行中であり、我らは犯罪者の逮捕と被害の拡大防止にまず意を尽くさねばならないのですから」 「―――……」 「皇妃陛下……」 ヒルダは一瞬目を閉ざす。 横顔に視線を感じた。 アンネローゼの碧い目が、一瞬、蒼氷色のそれに重なって見えた。気を緩めれば、その瞬間に想いはのどにつかえて言葉となるのを拒む。大きく息をつき、ヒルダは声を押し出した。 「尚書、アレクに連絡は取れるのですか?」 「辛うじて」 「では、アレクにわたくしの名で連絡を」 「御意」 「今、帝国を担っているのはアレクです」 アンネローゼが目を伏せ、ロイエンタールとオーベルシュタインは姿勢を正してヒルダの言葉を受けた。膨大な感情のせめぎ合う、皇妃ヒルデガルトとしての声は、極端なまでに抑揚を欠いていた。 「アレクは、帝国にとって最善と思われる判断をしなければならない。そして、わたくしはアレクの判断を支持します」 もはや言葉はなかった。 1