通貨 |
シェルメス連邦圏の標準通貨がUD(Union
creDits)。本文中では連邦通貨と通称。1UDが概ね1000円程度という設定。2000年度の日本の国家予算が100兆円弱。連邦の人口は日本の300倍で、かつ星間国家を作り得るためにより巨大な規模の経済を維持していると仮定すれば、国家予算レベルで数千倍程度を想定しても無理はないかと思う。すなわち100京円程度の国家予算を持つのが連邦である。
戦艦1隻を500万UDという設定が出てくる(嵐の前に)。日本円では宇宙戦艦1隻50〜100億円であり、いささか安すぎる(戦闘機の価格レベル)。戦時生産で徹底的なVE(Value
Evaluation)の対象となった結果、戦艦の建造費も下がっているという勝手な設定である。それでも一個制式艦隊あたり、巡航戦艦が500隻以上必要。一個制式艦隊を立てるのに、戦艦だけ2.5兆円から5兆円かかる計算になる。10個艦隊なら、建造だけで50兆円。さらに軍艦は、維持のために建造費の2〜3倍を要する。日本の国家予算のかるく倍が、シェルメス連邦の宇宙戦艦(全軍用艦艇の10分の1の数)を維持するだけでふっとぶという設定になる。
この他にも、艦載機を平気で5000機くらい繰り出している。パイロット一人を要請するのに、現在の地球では3億円かかるという(この10分の1でパイロット養成ができるとして……)。5000機出して、『被害許容範囲』である30%の損失で済んだとする。機体一機の価格を(戦艦とのバランスで)1億円としよう。一会戦での損失は、艦載機とパイロットだけで2000億近くになる。
この他に、平気で『艦艇一万隻が失われた』などと書いている。軍用艦艇の平均価格を20億円程度に想定したとしても、一万隻の損失は20京円の消滅である。つまり、国家予算一年分と比較可能なだけの金がたった一回の会戦で雲散霧消することを意味する。確かに、戦時の国家予算は(いろいろ無理をして)通常の国家予算をはるかに上回る額を立てるものだが……それでも、この数字はきちがいじみて見える。実際にそうなのだろう。
『嵐の前に』で、シャゴール・グリューガーに「一億UDなら安い」と言わせている。当たり前である。一会戦で損失する艦載機とそのパイロットへの投資額の半分でしかない。何もここで言うまでもなく、日露戦争で明石大佐に与えられた100万円の現金が、『安いものだ』と評価された例もある。ちなみに同戦争の戦費は約20億だった。総戦費の2000分の1の現金が、敵国の戦意の根源を破壊しかけたのだ。
一方、ル・ヲント共和国の通貨は共和国通貨(Republican
Currency)でRC。対UD交換比率が実勢で10〜15対1(つまり10から15分の1ということ。1RCが60円から100円程度)。国家予算レベルで言えば、連邦の5分の1から10分の1。それでも、現時点の日本の100倍から200倍程度の規模を持つ。ただし、対UDの交換比率の公称レートは5〜10対1であり、実勢との差異が大きい点でブラック・マーケットの介在する余地が生じている。ブラック・マーケットの件についてはエピソードを立てられなかった。
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参考図書
1 |
児島襄『太平洋戦争〈上〉〈下〉』中央公論新社 ; ISBN:
4122001048 太平洋戦争の各戦役の記録。文学ではなく、事実の記録としての内容。年代記的なレファレンスとして使える。児島襄氏は決して名文を書く人ではないと思うが、淡々とした事実の描写に実際のエピソードを織り込んでいく文体は、記録文体としての一つのモデルとして捉えることができる。 人により評価の分かれる真珠湾への開戦奇襲だが、児島氏は限定的な意味ではあるが戦略的な意義をプラス評価している。氏は戦艦と空母を、米太平洋艦隊の対日艦隊作戦の二本柱であると捉え、米太平洋艦隊が本格的な対日反攻に出たのは、十分な戦艦部隊をそろえた昭和一八年以降であるという点を指摘して、真珠湾攻撃によりその一本を大きく傷つけ、日本に時を与えたとの主張である。 これをもって真珠湾への攻撃が日本の戦略的勝利だと言えるわけではない。むしろ大戦略上の失敗だったとする意見は、『大本営参謀の情報戦記―情報なき国家の悲劇』や『海上護衛戦』、あるいは『日本の選択〈5〉』に見られる。 |
参考図書
2 |
NHK取材班 『太平洋戦争 失敗の研究(1)〜(6)』角川書店 ; ISBN:
4041954126〜 NHK特集で放映された内容を出版したもの。シーレーン防衛の失敗に始まり(1 海上護衛線の失敗で、これは大井篤氏『海上護衛戦』を参照するとさらに詳しい)、唯我独尊的な白兵戦依存の戦術(2 ノモンハンからガダルカナル、そしてインパールに至る戦い)、電子戦兵器開発での日本軍の狭量ぶりとシステム・プロジェクト工学への無知ぶり(3 特にVT信管、レーダーの開発の話。むしろ戦前日本がいかに“民主的”で、インパール作戦に見られる日本軍首脳部の独善と無謀、“大東亜共貧圏”に陥っていった“大東亜共栄圏”の本質的な誤謬、ソ連参戦を招いた外交音痴の無様さを改めて分析・紹介。編集者は自分たちがいわゆる戦後世代であることを十分に意識して、太平洋戦争に対して先入観を余り持たないで分析に当たっている。ビデオも出ているので、一見の価値はあると思う。 |
参考図書
3 |
・K.v.クラウゼウィッツ(篠田 英雄(翻訳))『戦争論』岩波書店 ; ISBN:
400341151X〜 『戦争は形態を変えた政治である』と定義した、戦史上不朽の名著。ただし、原文がもともとひどく読みにくい(らしい)上、翻訳に対する評価も低い。読みにくさでは他に例を見ないレベルかも知れない。全三巻だが、読み通せる人は少ないと思う。結局、納得できたのは『戦争は形態を変えた政治である』という定義だけで、後の部分は今ひとつぴんと来なかったというのが正直なところ。ただ、この定義を知ったことで『大戦史』の全体を組み立てる基礎を得られたのだから、やはり無視できる本ではない。 |
参考図書
4 |
D.マッキンタイヤ(奥宮正武(翻訳もしくは監修))『空母』出版社不詳 WWU時の元英海軍大佐による、欧州と太平洋での空母の発達史と空母戦闘史。イタリアのタラント軍港空襲作戦や、マルタ島補給作戦など、日本で知られていない地中海での艦隊戦闘が紹介されている。ちなみに、青木基行氏の『亜欧州大戦記』での地中海戦域での会戦、戦艦ビスマルクの追撃戦の描写あたりのほとんどが、この本から来ていた用に思う。 |
補給について |
補給の話をしてみたい。 第一巻黎明編で、同盟軍は補給路に過大な負担をかけられて劣勢に追い込まれる。第五巻、ヤン艦隊に補給船団を殲滅された帝国軍も、補給に不安を覚え、この不安がラインハルトをしてバーミリオンでの戦いを決意させる伏線となった(と思う)。ナポレオンのロシア遠征、豊臣秀吉の朝鮮出兵、第二次大戦でのガダルカナル、インパール、スターリングラード等々、補給の失敗で惨敗する例は枚挙にいとまなしである。 で、果たして銀英伝の世界でも『補給船団の全滅』イコール『補給の枯渇による敗北』の公式が成立するのだろうか。拙書『銀河系大戦史』もこの公式を公理と見做して、当初は補給力に劣る共和国軍の長距離遠征不可と設定していた。 疑問を抱いたのは、以下のポイントである。 一日、人間がどれだけの食料を必要とするか。被服その他の消費物資はどの程度必要か……そして、武器弾薬というが、その実量はどの程度だろうか。実際に、銀英伝で言う数個艦隊が一〇〇日以上の遠征と、数次にわたる会戦を行ったとして、どの程度の補給が実際に必要だろうか。 何を言いたいかと言えば、結局、アムリッツアや神々の黄昏のような『敵を飢えさせる』作戦は、実は極めて困難なのではないかということだ。無論、アムリッツアの時は『艦隊の手持ちの食料まで供出した』とあるから、実際に同盟軍の手元の食糧が不足して将兵が『飢えている』状態に近づいていたかも知れない。ただ、その場合でさえ、一艦隊あたり数隻の補給艦が補給に成功していれば、問題は解決してしまうので、一度や二度、輸送船団を殲滅するだけでは明らかに不十分である。とにかくすべての補給船団を片っ端から沈めるくらいの綿密な補給遮断作戦が不可欠となる。アムリッツアではキルヒアイスが、神々の黄昏ではヤン・ウェンリー自身が、その任に当たったのだ、と原作を読み替えてみたい。 以下、くだらない内容だが、根拠を述べてみよう。 まず食料である。 推理小説作家の高木彬光氏の『黄金の鍵』(墨野朧人シリーズ第一作)に、こんな一節がある。『旧陸軍では作戦行動中の部隊一〇〇人の一日あたりの食料を、普通四俵、最低二俵と大まかに割り切っていたものだよ。人間が戦闘のような超重労働を米食オンリーでやった場合、一日に米四合(七二〇ミリリットル)は必要だと言われている。昔は一俵あたり四斗(つまり四〇〇合)入っていたものだし、最低二倍の余裕は最初から見積もってあったわけだ』と。 この一節を一つの根拠として、戦闘行動中の部隊の所要食料を考えてみる。銀英伝では一個艦隊あたり約一〇〇万人が搭乗している。高木式の計算をすれば、一日あたりの所要食料は、『普通四万俵、最低二万俵』となる。大変な量に見えるが、四万俵とはどの程度の量なのだろうか。一俵あたりが四〇〇合であり、体積で言えば、七二リットルとなる。従って四万俵は約二八八万リットル……約二九〇〇キロリットルである。仮に艦隊が一〇〇日間の連続行動をするとなると二九万キロリットルの食料が必要となることを意味している。 ここまで考えてくると、はてなと思う。二九万キロリットル……主食だけではなく、副食物、容器、梱包、格納・取り出しのための装置など様々な増加要因を考えて、この三倍の容量が必要だとして、約一〇〇万キロリットル、一〇〇万立方メートル分の輸送容量があれば、一個艦隊を一〇〇日行動させるだけの食料が運べることになる。一〇〇万立方メートルとは、一辺一〇〇メートルの立方体一個分に過ぎない。さらに、この空間の比重が五くらいだとして、重量は五〇〇万トンである。 この計算はどこか間違っていないだろうか。他のラインから検証してみる。細部はともかく、大体の概念ははずれていないことが分かる。 まず、約一億人の人口のある日本が一年で消費する米の量だが、大体一〇〇〇万トンだという(最もよく米を食べていた時代には一二〇〇万トン程度必要だったらしいが)。一〇〇万人は一億の一〇〇分の一であり、一〇〇万人が一年で消費する米の量は一〇〜一二万トン程度、一〇〇日ならこの三分の一で三〜四万トンという答えになる。副食物や容器・梱包材を含めてこの一〇倍の重量を考えるのは妥当だろう。 また、先日の海外ニュースでの大食コンテスト。優勝者は食事前に比べて約三キロ、体重が増えていたとのこと。いくら何でも三食、大食コンテストをするわけにはいかないので、一日あたりの消費食料はせいぜい三キロ前後だろう。これを一〇〇万人×一〇〇日としても三億キログラム。つまり三〇万トンとなる。これは主食・副食物を含んだ量なので、容器・梱包材を含めてこの倍くらい、六〇万トンくらいの数字となりそうである。 また、第二次大戦のスターリングラード攻防戦で、約一〇万(人数は要確認だが)のドイツ軍が要した軍需消費物資は一日最低五〇〇トンだったという。一〇〇万人なら五〇〇〇トン毎日であり、一〇〇日分は五〇万トン…これは食料だけではなく、弾薬・燃料や当然、梱包材を含んでいるから、大体それらしい数字である。 六〇万トンから五〇〇万トンの輸送は、確かに地上戦闘なら途方もない量である。四トン積みのトラックを用意しても、六〇万トンを運ぶにはのべ一五万台を確保しなければならず、燃料、運転手、積み卸しの手間と労働力、修理用部品や代車の用意などを考えると途方もない作業である。 しかし、話は宇宙空間であり、移動手段は宇宙船という船である。銀英伝世界では一個艦隊を構成するのは約一万隻の艦艇群であり、仮に一〇〇日の行動分を五〇〇万トンと想定しても、一艦あたりの所要搭載量は五〇〇トン。もし六〇万トンなら、一艦あたりはわずか六〇トン(!)である。艦隊の大半は中型の軽巡洋艦以下のクラスだろうが、中小型艦はそれだけ搭乗員も少ないし、またほんの数隻の艦隊随伴の補給艦を伴えば所要量は満たされてしまう。また、ラインハルトの旗艦『ブリュンヒルト』や同盟軍の『パトロクロス』などは全長一〇〇〇メートルを超える巨艦である。仮にこれらの戦艦を直径一〇〇メートル程度の底面積を持つ、全長相当の高さを持つ円錐と同程度の容積を持つとすれば、その内部容積は優に二〇〇万立方メートルを超えている。その〇・一パーセントを食料庫にあてたとしても、二〇〇〇立方メートルの食料庫が確保できることになる。これらの戦艦は、当然数千トンからあるいは数万トンの搭載余力を持っていたと見ても無理はないと思う。 |
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