後世、アムリッツアの会戦の名で呼ばれる会戦は、数の上では同盟軍八個艦隊で戦闘艦艇の定数だけを計算すれば約一〇万四〇〇〇隻、一方の帝国軍はローエングラム元帥府に属する九個制式艦隊約一一万隻の参加する史上最大規模の大会戦だった。兵力の上では互角であり、しかもキルヒアイスが全兵力の三割、約三万隻を率いて迂回航路を採ったため、会戦の初動では帝国軍は同盟軍の約七割の兵力で戦わねばならなかった。 しかし、戦場がアムリッツアに移った時に健常な兵力と指揮系統を維持し得たのはヤン中将指揮下の第一三艦隊のみであり、歴戦の名将とされるビュコック、ウランフ、ボロディンですら、それぞれロイエンタール、ビッテンフェルト、ルッツの猛攻の前に戦力の過半を消耗させられ、ボロディンは戦死、ウランフも重傷で指揮を執り得る状態にはなかった。ある計算によれば、会戦冒頭、同盟軍で戦闘可能な兵力は定数の六割に満たなかったとされるほどである。 後世、『オーベルシュウタインの焦土戦術』として喧伝されるのが、帝国軍の戦略的後退作戦である。帝国軍は帝国の領域の六分の一にわたる広大な辺境宙域から完全な撤収を行い、一切の戦略物資…食糧、燃料、日々の日常消費財に至るまでをすべて強制的に回収し、帝国領中心部へ持ち去った。同盟軍は占領地に食糧他の消費物資の供給を強いられ、補給路に過大な負担をかけられた挙げ句に疲労度が頂点に達したところを、ラインハルト軍に叩かれたために大敗した……これがアムリッツアの会戦に対する定説的な説明となっている。 実際には、同盟軍の戦力消耗と将兵の疲労に最大の効果をもたらしたのは、ラインハルト軍による連続的な急襲作戦だった。長く伸びた同盟軍の艦列に対して、その間隙を狙って至近距離にワープアウトすると同時に、最大戦速での一撃離脱を繰り返す。それぞれが一〇〇〇から最大三〇〇〇隻規模の高速機動部隊による、この作戦は最高度の戦術的洗練を要求された。主に指揮を執ったのはキルヒアイス、ロイエンタール、ミッターマイヤー……ローエングラム元帥府を代表する驍将達であったのはむしろ当然のことである。 作戦発起の段階から、艦列を長く伸ばしすぎることへの危惧を抱いていた同盟軍の指揮官達は彼らの懸念が的中したことを信じ、襲撃ごとに艦隊規模での迎撃を繰り返した。無視すれば、帝国軍の急襲部隊は艦隊が伴う中小艦艇や、地上兵力の輸送部隊、補給船団へ執拗な攻撃を繰り返したために無視することも不可能だった。 兵力的に決定的なダメージを受けた艦隊は一つもなかった。最大の損害を受けたウランフの第一〇艦隊ですら、喪失艦艇は一〇〇隻弱、損傷艦艇は二〇〇隻に満たなかった。戦死傷者は約二万人である。八個艦隊全体では五〇〇隻弱が失われ、一〇〇〇隻余りが損傷を蒙ったが、総兵力の一パーセントを僅かに上回る損失でしかなかった。逆に、帝国軍に与えた打撃は撃沈一八〇〇隻、損傷二五〇〇隻に達したと見られ、作戦参謀のフォーク准将が『我、大勝利を上げつつあり』とハイネセンへ打電したほどだった。 唯一、帝国軍の作戦の真意を見抜いていたのが第一三艦隊のヤン中将であり、彼は艦隊の游弋を止め、とある恒星の公転軌道上に全艦隊を球形陣に配置した。帝国軍の急襲部隊は、大型戦艦と防禦シールド艦を最外縁に配置して、中小艦艇を内側に囲い込んだヤン艦隊の球形陣を突破できず、大型戦艦とシールド艦の防禦スクリーンの隙間から狙撃してくる巡航艦や砲艦の砲撃で一方的に艦列を削り取られる状況に陥ったのである。 ヤン・ウェンリーは、帝国軍の狙いが同盟軍艦隊の補給物資の消耗であることを見抜いていた。かつ、比較的コンパクトで小型輸送艦でも十分の補給が可能な食糧品ではなく、かさばる上に、小戦闘ですら凄まじい勢いで消費されていく戦闘用消耗品…レーザー水爆ミサイル、囮のブラスターユニット、艦艇や艦載機の姿勢制御用推進剤、同じく磁力砲<レール・キャノン>や磁力機関砲<レール・マシンガン>の弾体…の消耗こそが、真の狙いであることを。二〇〇にも及ぶ有人惑星の放棄すら、その意図を隠すための壮大な陽動だった。 ビュコック中将はヤンの意見を容れ、帝国軍の挑発への無用の反応を禁ずるべく、総司令部に意見具申を行ったが、作戦参謀フォーク准将は一言の許にこれをはねつけた。曰く『敵を見て戦わざるのは、同盟軍の名誉を汚す行為以外の何ものでもない』……と。 そして、キルヒアイスの手によって最後の補給部隊……グレドウィン・スコット提督の指揮する一隊が殲滅された時、ヤン艦隊以外の同盟軍艦隊の弾薬庫はほぼ底を突いていた。姿勢制御推進剤の不足から、ほとんどの艦隊はワルキューレに対抗すべきスパルタニアンを繰り出すことすら、もはやできなくなっていたのである。 「まったく見事だ……ローエングラム伯……」 ヤンの感慨は、『オーベルシュウタインの焦土戦術』へ向けられたものとされているが、これもラインハルトの戦略の辛辣さに対する感想であったと受け取れぬこともない。 |
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いずれにしても、同盟軍による帝国領侵攻作戦は、その動員兵力の七割が失われ、ヤン、ビュコック、ウランフを除く八個制式艦隊司令官の過半が戦死、あるいは捕虜となる大惨敗で終結した。特に、五人の艦隊司令官以外にも戦死した提督クラスの高級士官は実に三〇〇人余り、大佐と中佐の艦長クラスに至っては一五万人以上が未帰還者の名簿にその名を連ねることになった。その過半がアムリッツア会戦の最終段階、キルヒアイス艦隊による背面奇襲が成功した数時間の間に失われたものだった。後世、第二次ティアマト星域会戦の故事に倣い、『同盟国防省にとって絶望の六時間』と呼ばれるに至る。同盟軍の、帝国軍へ対抗可能な軍組織としての組織的能力は『同盟国防省にとって絶望の六時間』で完全に失われ、二度と復活することはなかった。 『同盟軍に回復不可能な軍事的打撃を与える』……ラインハルトの戦略的目標は最も劇的な形で、完璧に達成されたのである。 |
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