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☆★☆ 戦いの前(セラ) ☆★☆
封印球に封じられた真の水の紋章を背に、セラは耳を澄ませる。
斥候に放っておいた小鬼が、入り口に入る六人の『ゼクセンの鉄頭』をたしかに見た、とささやくのに、セラは無表情に頷いた。
「―――!」
ほんの僅か、セラの眉が動いた。
紛れもない竜の咆吼と、荒れ狂う焔の轟き、そして凄まじい剣戟の響きが、並はずれて敏感な彼女の耳を刺激したのだ。
剣戟は……ゼクセンの騎士達に違いない。だが、その激しさと速さはセラの記憶にもないほどの荒々しさを伴っていた。
―――もしかしたら……
不吉極まる予感が胸の裡で動く。
そして、ついに『彼ら』が姿を現したとき……セラは自分の予感が当たっていたことを悟った。
しまった―――と思わなかったわけではない。クリス・ライトフェロー…真の水の紋章の継承者は、待ち受ける相手がセラであることを予見していたに違いなかった。おそらく、クリスと部下の六騎士で回廊に入ってから引き返し、セラと戦うのに最適と彼らが考えたパーティに入れ替えたのだろう。いや、クリスではなく、彼らの軍師、アルベルトの甥<シーザー>の小賢しい入れ知恵かもしれないが。

―――どちらでも同じことだわ。

クリスに従うゼクセン騎士は一人。巨大な戦斧を抱え、厚い頑丈な騎士の鎧を軽々と着こなした巨漢の騎士がクリスの左を固めている。
セラはかすかに眉を動かし、彼らに続く者達を見つめた。
巨大な翼と長大な尾を持つ、この世界で最強の戦闘魔獣<ドラゴン>と、その背に腰を据えた精悍な戦士。見<まみ>えるのは初めてだったが、竜騎士の操るドラゴンのことはよく知っていた。ドラゴンが、紋章戦と幻術を得意とする自分にとってはひどく手強い相手だということも。
厚い鱗に守られた外皮は、下手な鎧をはるかに頑丈。彼女の持つ杖<ワンド・ミラージュ>程度では傷一つ付けることはできないほどだ。
その上、巨体に似合わずみのこなしが恐ろしく速く、しかも並の魔獣の手の出せない高さを翔べる。どれほど魔獣を召喚してガードを固めても一瞬に間合いを詰められてしまう。
ドラゴンの吐く魔焔と強力な爪と牙は、幻術を使った結界である程度防げる。しかし、それとても疲れを知らぬドラゴンの攻撃を無限に食い止めきれるものではない。
竜騎士にではないが、セラ自身、カラヤのヒューゴとヒューゴが操るグリフォン(フーバー)には何度か痛い目に遭わされている。一度はダック・クランの村の外での戦い、もう一度はシンダルの神殿。シンダルの神殿では、杖を構える前にグリフォンの蹴爪に蹴倒され、一瞬とは言え気絶してしまったし、その前はユーバーの助けがなかったらヒューゴに斬り倒されていたかも知れない。
ドラゴンは、ヒューゴのグリフォンよりはるかに大きく、はるかに凶暴。それに、竜騎士の持つ巨大な刃<ヤイバ>の厚みは、ヒューゴの片手剣とは較べものにならない。ドラゴンの爪か牙、あるいは竜騎士の剱、いずれにかけられてもセラの命はない。
だが、セラに恐怖はなかった。
勝てるかどうか、実はそれすらセラにはどうでもよかった。彼女の望みはただ一つしかない。真の紋章の力が、ルックの望みを遂げるに十分なほどにこの地に満ち満ちるだけの時間を稼ぎ出すこと。ルックが、五行の真の紋章の力を借りて自らが宿した真の風の紋章を破壊する。それまでの時間を稼ぎ出せれば、それでよい。アルベルトの策が時間を稼ぐのに有効なら、それはそれでありがたいことに違いない。
真の風の紋章の容器として作られた……ルックは自分を指してそう言っていた。容器に入れるべき紋章を破壊したとき、容器がどうなるのか、セラには分からない。が、いずれルックは、生命長らえることは望んでいない。真の風の紋章を破壊することで容器である身体が破壊されるのか、それとも紋章の力が暴走した結果起こるだろう、途方もない破壊に巻き込まれるのか……
ルックは死ぬ。ゆえに自分も後を追う。あるいは…セラはもう一度、クリスと彼女に付き従う騎士とドラゴンに騎乗した竜騎士、そして旅の剣士らしい男と、どう見てもまだ一五、六にしか見えないお下げ髪の少女に目をやった。

―――あるいは、彼らに斃されて先に逝くか。いずれにしても早いか遅いかだけの違いでしかないわ。

セラにしてみれば、どこまでもルックと行を共にできれば、それで満足だった。
一つだけ、そして最も彼女が恐れているのが、ルックが自分を置いて逝くことだった。彼を先に逝かせないためにも、彼らをここで食い止めなければならない。
セラは杖<ワンド・ミラージュ>を構えた。
クリス達が何を言おうと、もはや戦いしかあり得なかった。
まだ、ルックが儀式を始めるには時間が足らない。時が満ちるまで、真の水の紋章を彼らに渡すわけにはいかないのだから。

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