「もうそれ以上あれこれ口を挟むな、ルーガン!」
激しい苛立ちを込めた声が石造りの壁に弾かれ、小さな木霊となって室内の空気を震わせた。
壁際に設えられた大きな暖炉に燃えさかる炎のような苛烈な言葉――。
春先とはいえ、背後から左右に大きく張り出したシェルビー山脈の嶺々に抱かれた立地の影響もあって、館の中はひんやりと肌寒かった。
豪華な革張りの椅子に傲然と座し、吐き捨てるように拒絶の言葉を叩きつけたのは、明るい金の髪……白銀ともいえるそれと鋭角的な頬、蒼く鋭く燃え立つような双眸を持つ偉丈夫であった。
「ですが、ルーク様……」
彼の前に立つ三十代後半と思われる男は小さく眉を顰めた。
見た目からいえば兄弟かとも思われるほど似通った外見の二人だったが、その立場の違いは互いの言葉使いからもあきらかである。
「いいか、わが国・モンターニュの冬は厳しい。国土の広さだけを言えば、西はエルベテール、東はカルモニアにまで及ぶ広大さを誇るとはいっても、早い秋が過ぎればあっという間に雪に覆われてろくな穀物も穫れぬ。冬の間、家に閉じこもって夏から秋の間に蓄えたものでなんとかしのいでいる有様だ」
「それは、たしかに……」
「冬の間に若い者どもが狩ってくる獲物にしてもたかは知れている。兎か野鳥が関の山、たいした食糧にもならぬではないか!」
ルークと呼ばれた若者は、激しい苛立ちを言葉に変えた。白いシャツと細身の黒いズボンという飾り気のないラフなスタイルでこそあったが、いずれも極上の生地と最上級の仕立てが、この偉丈夫の身分を無言のうちに語っている。
シェルビー山脈の北一帯に広大な領土を持つ皇国モンターニュ。その第一皇子であり、右府将軍としてモンターニュ皇国軍半ばを我が手に掌握する皇子ルーク。それが、この男の正体だった。
「引き比べて、ルーヴェルはどうだ。真冬にこそ雪が降り、寒気に覆われることはあれど、農作にふさわしい平地が多く、森林には鹿や猪が潤沢にいる。だからこそ我々は長きにわたり、シェルビーのこちら側への侵攻を目指してきた」
「は……」
「先々代までは、軍備を整え、大がかりな攻略を年に何度も欠かさず繰り返してルーヴェルの戦力を削ぐ努力を惜しまなかったと聞いた」
そう、ルーク皇子の祖父は歴代の中でも特に好戦的で積極的な人柄で知られた英傑だった。
「だが代が変わってみればどうだ?現皇王は内政の充実による税収を増やすことにのみ熱心で、軍の統制にすらさしたる興味を示されることはない」
「……」
「いいか、ルーガン。俺は平和ぼけした皇王(ちちうえ)とは違う。ルーヴェルがあたかも自分たちの領土であるかのように好き勝手に使っているこの土地を、もし手に入れることができたら、どれだけみなの暮らしが楽になると思う?」
ルーガンと呼ばれた男の眉間の皺が深くなった。
「それは、もちろん――。ですが、ノルテ川は川幅こそ狭いとはいえ、急流でもありますし、あれを越えた先にはリオ・ピケーヌが……」
「だからまずは、ピケーヌまでの森林地帯のみでも構わんと言っている。ピケーヌからシェルビーまでのこの土地は、いまだどこの国のものと決められた場所ではない。向こうはむこうで勝手に監視砦のようなものを作っているが、そんなものはたたきつぶして、今度はそこを我々の前線基地として使えばいいだけのこと」
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