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二. 学食にて


ちょっと早めにキャンパスへ出た日には興味半分で学食<メンザ>の昼食を食べたこともあった。学食<メンザ>はヨハンナのいるカフェテリアと並んでいて…と言うか、学食の一部が仕切られてカフェテリアになってるのに、あとで気がついた。昼になると大学生たちで一杯だった。
「こう言うところでお食事をなさるのは、どうも……」
ハンスは顔をしかめたけれど、わたしだっていずれ大学に入る。今の学校から無試験であがれる学院付属の大学ではなくて、帝立大学かオーディン文理科大学へ行ってみたい。その時は、きっとこうやってほかの学生たちと一緒に学食のテーブルを囲むに決まっている。それなら、早い内になれておきたかったし、第一、大学生たちが何を食べているのか……それにも興味があった。
「え―――?」
テーブルの上に大皿。その上に山盛りの……これは?
「これはクローシュですな」
ハンスが教えてくれた。ジャガイモのマッシュと小麦粉を混ぜて蒸したお団子というか、蒸しパン。ただ、どうしてテーブルに一皿ずつしかおいていないのかが分からない。確かに一人前にしてはすごい大皿だし、そこからこぼれ落ちそうなほど盛り上げてあるんだけれど。
わたしたちが戸惑っているのに気がついたらしい。同じテーブルに付いていた学生らしい男の人が笑い出した。
「あるだけ取って食べればいいんだよ、おじさん」
「あるだけ?」
「ああ、あるだけ。迷ってる暇はないと思うけど―――」
「え―――?」
見てる間に、大皿の上のクローシュが減っていく。やっとのことでわたしが一つ手に取ったら、もうお皿の上は空っぽ。これじゃ、ハンスが食べる分もないじゃない?
「おーい!!」
とたんに学生の一人が大声を上げた。
「え。なに?」
「クローシュ、おかわりーっ!!」
「ヤーボール!!」
大声とともにどたどたどたっという足音。そして、ドスンっと置かれた大皿の上には再び山盛りのクローシュ。待ってましたとばかりに四方八方から手が伸びる。
「―――こういうこと」
ああ、びっくりした。一体、何が飛んできたのかと思ってのどが詰まっちゃった。
「ふむ、これは、なかなか美味しうございますよ」
ハンスったらさっさとクローシュをとって頬張ってるんだもの。
しようがないから、わたしもクローシュを口に運んだけれど、ちょっとぱさぱさしてて食べにくい。
「ソーセージのスープに浸すといい」
さっきの大学生がまた教えてくれた。まわりはほとんど大学生ばかり。その中で、わたしはどうしても浮いて見えるし、そばには『お付きです』と名札をつけてるようなハンスが一緒だから、目立たない方がおかしいんだけれど。
昼食のメニューは、クローシュのほかは豚肉と脂のソーセージを暖めたのと、オレンジジュース。それにコーヒー。ソーセージの脂が溶けていて、それがスープみたいになっているのにクローシュを浸して食べるんだって。
「あ、美味しい」
家のダイニング・ルームで食べるのや、レストランの食事とは比べものにならないけれど、とにかく、美味しい、という気がした―――というか、帝国のほとんどの人はこういうものを食べていて、ひょっとして、こういうものさえ食べられない……のかも知れない。
気が付いたら、ソーセージは全部、クローシュは三つも食べてしまった。

それ以来、二回に一回は学食<メンザ>で昼食を摂るようになったせいかも知れない―――『お嬢様はすっかりお好みがお変わりになってしまって……』とシェフを嘆かせることになってしまった。
今も、わざわざ取り寄せて貰ったサクランボのジャム<ザウワーキルシュ>をライ麦パンに塗って食べるのが、このごろのわたしのお好みの朝食になってしまっている。

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