二月二〇日にイゼルローンでヤンに会っていたキルヒアイスがフェルナーの襲撃事件でシュワルツェンの館の防備の指揮を執り、脱出した門閥貴族たちを帝都星系外縁部で捉える艦隊を指揮していた……という点にも疑義を呈しようとすればできるわけです。ラインハルト陣営はフェルナーの襲撃を防いだわけです。事前に知っていようと、備えているところを攻められようと、三〇〇名もの兵士を動員しての襲撃です。指揮官がフェルナーで、フェルナーが誰の部下かくらいは直ぐに分かります。フェルナーが自分一人の判断で、と主張しようがどうしようが、併せて三〇万隻近い艦隊(五〇〇〇万人の兵力!)を動員して殺し合おうというまでに対立の先鋭化している間柄であってみれば、これはブラウンシュヴァイク公側の重大な失策です。『皇帝陛下のご裁可もなく、みだりにその膝下において兵を私兵を動かすとは!』とでも言いがかりをつけられたB公としては、返す言葉がないはず。のんびりフェルナーの行方を追わせたり、偽装園遊会の準備をしているどころか、鳥の飛び立つように逃げ出さないと、待っているのはラインハルトが指揮する追捕<ついぶ>の兵ではないでしょうか。そして、その時、前線で指揮を執っているのはキルヒアイスのはずで、わざわざ艦隊を率いて上空に待機している必要もないのでは、とおも思えます。 とすれば、フェルナーはキルヒアイスの帰還前に兵を起こしたものの、キルヒアイス自身が出発前に入念に手配しておいた防御態勢に絡め取られて失敗。アンスバッハは予め、キルヒアイスの帰還とともにラインハルトが事を起こすと予想して、偽装園遊会の日程を調整していた……一方、キルヒアイスは帝都星系に帰り着く前にフェルナーの襲撃を知って麾下の艦隊と合流し、先手を取ろうとしていた……などということも考えられます。もともとのラインハルトの計画では、キルヒアイスの帰着、何らかの口実(というか、もうリップシュタットの盟約が皇帝への反逆だとでも何とでも)のもとに一方的に門閥貴族追討の兵を起こす計画だったのが、フェルナーの暴発で一気にことが進んだ。ただ、アンスバッハたちの手配がうまく行き、大半の貴族が脱出に成功したか、あるいはラインハルトの当初計画でも彼らの大半は逃がすことになっていたか、そんなところではどうかなと思います。いずれにしても、リップシュタットの盟約が公然のものとなってから二ヶ月近く、開戦に至らなかった理由として、キルヒアイスが帝都にいなかったことと、同盟への工作結果がまだ不明であったこと、およびB公たちが優柔不断で帝都を離れられなかったこととを採りたいと思います。 |