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二.さらに螺旋迷宮な銀英伝の地勢

『星を仰ぐもの』を書いていた頃、イゼルローン回廊付近の地勢がまるで分からず、まるで螺旋迷宮みたいだと評したことがあります。帝国内部も同じです。田中芳樹氏が細かな地勢図などは意識せずに、歴史としての物語の展開にこそ注力されたのだろうと推察されます。

ただ、それにしても基礎的な数字や、主要な地域の位置関係にすらほとんど触れられていないのには驚くというか参ります。驚くのは、そういった設定を表に出さずともあれだけの物語を成立させた力量に対して。参るのは、二次創作をする際にできるだけ原作と矛盾無く……と努力しても、肝心の原作側に物語の舞台設定がほとんど出てきていないために、どうやれば矛盾無く話を組み立てていけるか見当がつきにくいという点です。

ブルー・ウォーター・ネイビーとブラウン・ウォーター・ネイビーという言葉があります。ブラウン・ウォーター・ネイビーは戦略核ミサイル時代、核ミサイルの発射プラットフォームでしかなかった海軍を指します。いみじくもヤンが原作で述べている『電子機器と長距離兵器が奇形的に発達した時代』であり、海軍の作戦海域が大洋のど真ん中であったことを比喩します。一方、ブラウン・ウォーター・ネイビーは、海軍本来のあり方を示す言葉で、『海戦のほとんどが、陸上戦闘との関連の上で戦われた』と言われるように、海軍の作戦海域が沿岸部……つまり、濁った(ブラウンの)水の海域であったことを指します。たとえば、ナポレオンにとってのトラファルガーの海戦であり、日露戦争における日本海海戦です。前者はナポレオンのイギリス征服(という陸上戦略)を挫折させ、後者は中国東北部の日本陸軍への後方補給線を確保してロシア陸軍の、反撃への意図を挫折させています。

言いたいのは、銀英伝の宇宙艦隊はブラウン・ウォーター・ネイビーであろうということです。つまり、『宇宙会戦は、関連する星域・星系の領有権を巡っての闘いとの関連の上で戦われた』と理解されることになります。

地上戦闘が地勢と切り離せないことは、軍隊の重要な仕事が地図を作ることであることからも理解されます。日本の国土地理院(五万分の一,二・五万分の一の地図を発行しているところ)は、もともとは日本の陸軍参謀本部の一部局でした。兵隊になると真っ先に地図の読み方を教えられたそうですし、故司馬遼太郎氏(陸軍士官の速成教育を受けた経験をお持ちでした)も『地形を見ると、それが戦略・戦術上、どのような意味を持つのかを考えてしまう』というような意味のことを書いておられます。

脱線していきますと、自宅から車で一時間ほど走ったところに、古城址があります。最近買った地図ソフトでその辺りの立体図形を出してみると、その古城址がそのあたり一帯で唯一ののいわゆる『制高点(最も高い地点で、周囲を監視できる地点)』となっていること、近くの川が天然の堀となっていることが分かりました。なるほど、戦国の武将というのはちゃんと心得て城を造ったり、陣地を張ったりしていたのだ、と感心した次第です。

脱線から戻ってくると、結論は『地勢が詳しく分からない物語でブラウン・ウォーター・ネイビーの戦略だとか戦術を話題にした二次創作なんてできるわけないだろうが!』というところに落ち着きます。前作同様に、ある程度恣意と想像にまかせて銀英伝世界の地勢を仮定するしかないわけです。

まず事実関係(つまり原作で述べられている内容)はいろいろとあります。

  1. 長征一万光年というように、両国の本拠地の間には約一万光年ほどの距離が空いている。ただ、これがアルタイル星系を発してから、バーラト星系へたどり着くまでの距離なのか、帝都星系とバーラト星系までの距離を言っているのか、曖昧です。
  2. 両国をつなぐ宙域にイゼルローンとフェザーンがある。ただし、これらの回廊宙域はさして長いものではないようです。数光年、ひょっとすると一星系単位と言うこともあり得そうですが、明確には述べられていません。
  3. この世界の宇宙船の速度は、戦闘のない通常の航行であれば一日に一五〇〜二〇〇光年程度である。第一巻、ヤン艦隊の最初の長距離訓練航行での数字((4000光年を24日。一日平均166光年))から。宇宙戦艦ヤマトが一日に千光年以上跳んでいた(約三〇万光年を三〇〇日余りで航行した)のを思い出すと、結構脚が遅い感じです(まあ、最新の理論ではワープそのものが不可能とされているらしいので、そこで脚の遅いの早いのと言ったところで無意味でしょうけれど)。
  4. 帝都星系とマリーンドルフ星系は約一週間弱の位置関係にある(ヒルダが片道六日で行き来しています)。キュンメル子爵領(あれば)、カストロプ公爵領はマリーンドルフ星系の隣接星系(第一巻に隣接と書かれている)。
  5. フェザーンから地球へ行く航路は、どこかでキルヒアイスの進撃路と交差している。第二巻で地球へ向かうベリョースカが出会っているので。つまり、帝国領を横切らない限り、フェザーンから地球にたどり着くことはできない。
  6. 帝都星系からガイエスブルグへ向かう途中にアルテナという星系がある。アルテナの次がレンテンベルグである。さらにシャンタウという星域があるが、ガイエスブルグ攻略のためには特に必要のない宙域である。
  7. どこかにヴェスターラントという星系なり惑星なりがあり、ブラウンシュヴァイク公の領地である。原作の内容では、ガイエスブルグからは離れた、後方にありそうな感じがする。ただし、ラインハルト軍なりキルヒアイス軍なりが救援しようとすればできる位置関係にある。
  8. キフォイザー星域とガルミッシュの要塞は、キルヒアイス軍がガイエスブルグに到達するまでの航路の途中にある。かつ、キフォイザーからガイエスブルグはそんなに遠くない。
これらをベースに、以下のように推論することが可能になります。
  1. 帝国も同盟もその首都星系を中心に概ねいびつな円形(立体的に言えば、回転楕円形)の領域を持つ。これは別に上記から導かなくとも原作、あるいはOAVを参照すれば、そうだろうと推定するのは容易です。
  2. 帝国は、帝都星系を中心に皇帝直轄領があり、その周囲を貴族諸侯領が包み、更にその外側が辺境伯の手や、帝国直営で開発されている辺境領である。辺境の守りを貴族に委ね、中央部に機動部隊である帝国軍制式艦隊を置いたと考えればこうなります。その後、辺境領がさらに拡大し、卵の黄身が皇帝直轄領、白身が諸侯領、殻(ちょっと分厚いけれども)が辺境領となって、もう一つの卵……自由惑星同盟領と接している状態です。
  3. 最大の門閥貴族であるブラウンシュヴァイク公らは帝都からイゼルローン、フェザーンの両宙域を結ぶ交通の要衝に位置し、帝都の守りという意味づけで巨大な宇宙要塞(ガイエスブルグとガルミッシュ)を配置されている。帝都とガイエスブルグ・ガルミッシュの距離、位置関係、両貴族の地位と立場などを考えると、彼らが最も実入りの好さそうな宙域を押さえていると考えていいでしょう。江戸時代のように土地替えがあり、星系の名前もそれによってころころと何度も変わった、などということがあったと考えるのも面白いです。
  4. 帝都星系⇔ガイエスブルグ、ガルミッシュの距離は、帝都星系から両回廊宙域までの距離の概ね半分これは約二週間から三週間…二〇〇〇から三〇〇〇光年…の距離)である。リップシュタット戦役の記述、原作本編第三巻でのガイエスブルグ移動要塞の移動時間などを考えるとこのあたりが妥当かという気がします。ガイエスブルグ・ガルミッシュ間の距離はだいたい一週間航程程度であり、キフォイザー会戦に勝利したキルヒアイスは、まさにガイエスブルグを間近に望む宙域に達したと考えられます。あるいはもう少し離れていたのかも知れませんが、リッテンハイム侯を撃破した後、キルヒアイスを遮る有力な貴族連合軍部隊はなかったでしょう。
以上、銀河帝国の地勢に関する基本的な考察となりました。これが『リップシュタットの晩鐘』での舞台背景となる予定です。

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