再び金の話をしてみる。以前、1帝国マルクが現在の、たとえば日本円に直してどの程度の価値に相当するのものなのかを考えてみた。野望編での曹長の給料2840帝国マルク、また外伝でキルヒアイスが隣家バックマン家の夫人に渡した100帝国マルク紙幣。さらにユリアンがフェザーンで買い物をしたときのセーター1着90フェザーンマルク也など。これ以外に、たとえばケッセルリンクが即事償還を要求した5000億ディナールの同盟国債、またリップシュタット戦役前後で貴族財産から没収可能とされた10兆帝国マルク、バーラトの和約での安全保障税年額1兆5000億帝国マルクなどがある…… 最初に言ってしまえば、日常レベルでの金額と、億兆レベルでの金額は矛盾していると考えている。前にも書いたけれど、1帝国マルクの現在での価値はおおよそ100円程度がもっともぴったり来る。曹長の給与が月額28万4000円。ちょっと高いかも知れないが、下士官のボスでもあり、もっとも危険な前線へ出て行かねばならない曹長としては逆に安過ぎかも知れないくらいだ。キルヒアイスのポケットマネーは1万円。これが1000円(1帝国マルク=10円なら)とか、10万円(同じく1帝国マルク=1000円とする)では安過ぎ、高過ぎである。また、ユリアンのセーターは9000円。9万円のセーターだとしたら、どんな代物だろう?になるし、900円ではユニクロでも売っていない(かも知れない)。断っておくけれども、おおむね1帝国マルク=1フェザーンマルク=1ディナールと考えて、この試算をしてみている。と言うか、そう考えないと、日常レベルの価格が整合しない。 で、5000億ディナールの国債は、50兆円相当の国債ということになる。莫大な額である。10兆帝国マルクの貴族財産は1000兆円もの金額となり、1兆5000億帝国マルクは150兆円である。確かにすさまじい金額である。 帝国は250億人の人口と数千の有人惑星を擁する。同盟も150億の人口を持つ。日本の税収は約40兆円。国家予算は100兆円(大変です)。日本の人口は約1億人。世界第二位の経済力を持つ。米合衆国(人口約3億)のGDPは14兆ドル(約1400兆円)、日本のDGPは約550兆円。また、日本の個人貯蓄資産は約1400兆円だという。 さて、これらの数的なスケールを見ると、「……!?」と思わないだろうか。日本の250倍の人口を持つ帝国を、500年間にわたって牛耳ってきた門閥貴族から没収できる財産が1000兆円。人口3億の米合衆国のGDPよりも少ない。日本人の個人貯蓄資産よりもさらに少ない? なんだか全然しっくりこないのである。 一方、軍事費。くだくだ書くのも何なので、たとえば『ニーミッツ』級原子力空母の建造費用は約50億ドル(約5000億円)以上だのこと(WikiPediaより)。現代で最も高価な軍艦だろう。宇宙戦艦は極めて高価だろうが、逆に言えば『ニーミッツ』級の建造費用くらいで旗艦クラス(『ベイオウルフ』とか『アキレウス』級とか)を造れなければ、何万隻もの戦闘艦隊を敷き並べての大会戦など不可能だろうと思う。1隻5000億円。50億帝国マルク……ある試算では、1制式艦隊に属する宇宙戦艦の数は1500隻。建造費用は、7兆5000億帝国マルク。帝国軍は制式艦隊だけで18個そろえていた。しめて135兆帝国マルクが必要。しかも、戦艦は制式艦隊の1割強を占めるに過ぎない。巡航艦以下の建造費用を加算すると1000兆帝国マルクに届く額が必要だったかも知れない。 これは建造費用だが、艦艇自体の維持費用が必要となる。明治から昭和にかけて頃の旧式の戦艦で、艦の一生で概ね建造費の3〜4倍だったという。艦齢30年くらいで予備役・除籍だとすると、年に建造費用の10%程度の維持運用費用がかかったことになる。総建造費用1000兆帝国マルクの宇宙艦隊は維持運用費用に年100兆帝国マルクを消費する。なんと、貴族財産の10倍を1年で使い切る計算である。国家財政の財政危機など『一挙に片付くさ』どころか焼け石に水である。さらに、帝国と同盟の戦争状態がある。年に万余の艦艇が失われている。毎年1個制式艦隊が消えているのだ。そのための艦艇建造費用は、少なくとも毎年50兆帝国マルク……。 帝国での生産性は、現代の日本や米合衆国よりも低いと思う。財産や権限が貴族に集中し、奴隷制までが制度として残されている。奴隷制は、貴族の権力を象徴し、その傲慢さを満足させるかも知れないが、生産性を上げるゆえんではない。生産性の向上が個人への報酬としてフィードバックされない限り、いわゆる『奴隷』は最小限度の仕事だけをしてあとは「食事と休息」を要求するだけというのが歴史的な事実と言って良い。甘く見ても、帝国での個人あたりのGDPは、現代の日米の半分か3分の1程度でしかないのではないかと思える。そして、帝国の資産の半分は門閥貴族の私有するところである。帝国政府が税収をあてにできるのは、帝国全体の生産力の半分ということになる。一方、奴隷制度がなく、一応『民主主義』システムを持つ自由惑星同盟は、奴隷制度や貴族制度に伴う生産性の停滞の問題は少ない。かつ、その創世期は「人類史上かつてないほどに勤勉な人々」が国家を作り上げていったのだから、人口が帝国の半分程度だとしても、経済力では(少なくとも両国間の戦争が始まった頃は)帝国にひけを取るようなものではなかったかも知れない。 |