結論は、銀英伝の銀河帝国における総生産は、現代日本の80倍から120倍程度。国家の税収は40倍から60倍程度であり、これは自由惑星同盟もほぼ同様の条件だったのではないかと言うことである。60倍として、2400兆円の税収、国家予算は同じく赤字国債の山を前提に6000兆円。60兆帝国マルク規模。これでは戦争での損失艦艇の補充だけで国家予算がすべて消えてしまう。非生産的な奴隷制度と貴族制度を前提にしても、やはり生産性は現代の日米よりも10倍程度はないと、銀英伝世界は、経済的には成立しないことになる。 辻褄を合わせるには、ここまでの議論を一擲して、「銀英伝の銀河帝国での生産性は、現代日本の10倍程度ある」とする必要がある。でなければ、艦艇の建造費用が、『ニーミッツ』級を参考にしたそれの10分の1と前提せざるを得ない。戦艦1隻で5億帝国マルクくらいとする。実は猫屋版銀英伝ではこちらの数字を密かに使っている。『ブリュンヒルト』の建造費用が予算で45億帝国マルクで、実際には60億帝国マルクを超えてしまった、等々。『ブリュンヒルト』の建造費用は通常型戦艦の7倍を要した、ととある参考資料(『全艦突撃』での吉岡平氏の記事)にある。以降、通常型戦艦の建造費用は、現代の『ニーミッツ』級原子力空母の10分の1という前提を使う。それくらい粗製濫造でなければ、ほんの2.3発ビームを食らったくらいで長さだけで『ニーミッツ』級の数倍もある戦艦が簡単に爆発するはずもない(というのはOAVへの批判です)。ただ、貴族財産や安全保障税の話は、そうだとしても数字が整合してこないが、それは後述する。また、貴族財産は帝国軍宇宙艦隊の維持費用1年分にしか当たらない。 仮に現代日本の40〜60倍の経済規模と国家予算を持つとして、銀河帝国の国家予算は40〜60兆帝国マルク(6000兆円)に達することになる。だが、この内5兆帝国マルクが損失艦艇の補充に当てられるほか、艦隊の維持運用に10兆帝国マルク、継続的な戦費やイゼルローン他の基地運営費、兵員への給与・補給でさらに巨額の支出が必要になってくるに違いない。国家予算の3分の1から半分くらいは軍事費に吸収されてしまっていたことだろう。 同盟軍の帝国本土侵攻作戦で、もしラインハルト率いる9個艦隊が同盟軍と正面決戦を戦い、勝ったとしてもその3割の兵力を失ったとすれば、一挙に3個艦隊が消滅する計算になる。艦隊の再建にどのくらいの費用がかかるか……計算した財務官僚が青くなったとしても不思議ではない。15兆帝国マルクの支出を避けるために数千億帝国マルクの予算とその自由裁量権を自分に寄越せ、とラインハルトに怒鳴りつけられたら、財務官僚たちは位置にニもなく頷くだろうと思う。ラインハルトが、猪突して損害を増やしたビッテンフェルトに激怒したのも当然である。ホアン・ルイ曰く『危うい財政上のバランスの上で戦争を継続してきた』というのは確かにその通りである。アムリッツアで、ほぼ7個艦隊を壊滅させられた同盟軍が、ついに艦隊を再建できなかったのも納得できる。 ゆえに帝国での財政危機を『一挙に吹き飛ばす』には、帝国の国家予算の少なくとも10倍以上の貴族財産……10兆帝国マルクではない、500兆から1000兆帝国マルク規模……は存在しなければおかしいと言うことになる。無理矢理な数字だが、日本の国家予算と個人貯蓄資産の比率を見ても、特段無茶苦茶という気はしない。日本でも、個人貯蓄資産を「預金封鎖」して国家財政に移し、一挙に赤字国債を償還しようなどという議論を立てている人がいるらしいから、この程度の資産(国家予算の10倍程度)があれば財政の一気再建は可能なのだろう。 同じ論法でいくなら、ヘンスロー弁務官は5000億ディナールの国債の償還を求められてもあわてる必要など何もない。仮にも帝国と互角に張り合う同盟であってみれば、その国家予算規模だとて数十兆ディナール規模だったはずだ。5000億ディナールだなどと言っても、その予算の1パーセント未満でしかない。何をあんなに慌てていたのだろうか? あるいは、本当に国家予算の規模も知らないで、自分の個人資産と比較して青くなっていただけ(要するに極端な無知だっただけ)なのではないか。恐ろしいほどの阿呆である。 さらに同じく、バーラトの和約での1兆5000億帝国マルクの安全保障税。これはある意味、年々の直接的戦費がこの規模だったのではないかという考え方もできるので、戦費が浮いた分をそのまま帝国に渡せという意味では理解できないでもない。しかし、同盟は宇宙艦隊を再建しなくてもよくなるし、既に制式艦隊はほとんど壊滅状態だから維持運用費も、アムリッツアの頃にくらべると10分の1以下になっていて、年々十数兆ディナール規模での負担が消えるわけであり、これでどうして財政が再建できないのか、全く理解の外という議論もできる。単にレベロが財政に極端に疎かったのか? ことほどさように、銀英伝での金の話は、特に国家財政規模の話を煎じ詰めていくにつれ、「あっれ〜、おかしいなぁ〜」と螺旋迷宮化していく。面白い話であるし、大きな金額の数字は原作といえども余りそのままは使えないなというのが素直な感想である。 |